2011/09/25

バイリンガル、トリリンガル・・・マルチリンガルの時代

「バイリンガル」、「トリリンガル」、「マルチリンガル」というと、日本では偉く大層な存在に聞こえがちな気もします。でも、良く考えると、日本人でも少しでも海外で生活した人は皆「バイリンガル」。
僕は大学時代に第二外国語の中国語をサボっていたので、ずっと「バイリンガル」でしたが、広東語が何とか話せる様になり、「トリリンガル」と呼べる様になりました。特に呼び方に拘る必要はないけれど、こちら香港では「バイリンガル」、「トリリンガル」は当たり前。中国語と英語が話せる人が多いのはもちろん、大学等、高等教育を受けた人なら3カ国語以上話せる人も非常に多いです。中国語(広東語+北京語)、英語、その他(日本語、韓国語、ドイツ語等々)。日本でも全て(?)の大学生が英語と一ヶ国語を勉強しているはずなのに、「トリリンガル」と自負する人はほとんどいませんね。香港人にとっては恐らく「勉強する」=「話す」、それだけ外国人と話す機会も多いし、香港人同士で外国語で話すのも全然恥ずかしがったりしない。さて、香港で中国語を使おうとすると、そこに自然と英語が混ざってきて、更に日本語を話す人も多いので、3ヶ国語ごちゃ混ぜで会話が進んだりします。日本にいる日本人が傍から見るときっと非常におもしろいと思います。もちろん、どこへ行っても「日本人(日本語)グループ」、「英語グループ」なるものができてしまうので、自分が多くの言語話せないとこういう場面に居あわせる機会は少なくなります。近頃はだいぶ、この国際都市ならではの状況に居あわせることが多くなり、海外生活の醍醐味を味わえている様な気がします。
近頃、近所のカフェに行くと、良く見かける2人がいます。完璧な英語と完璧な広東語で大きな声で話す2人。北京語も話せるみたい。ん?良く聞いてみると、スペイン語が・・・。どうもこれは、スペイン語のプライベート・レッスンをしている様です。どう見てもアジア人の2人、でも態度はなんとなくアメリカン!?いや、南米風??日本人の僕の眼には(失礼ながら)、おもしろ可笑しく映るこの光景、僕はニタニタしながら「香港って本当にすげ~」と心の中で呟いています。
お金の流れ、人の流れ、物の流れ、企業の所在地まで国際化が加速してゆく時代、ますますこんな、「おもしろ可笑しい人たちの時代」。何ヶ国語も飛び交う、「おもしろ可笑しい会話」を楽しみながら、これからの時代に備えましょう。

2011/09/19

僕が言語を学ぶ理由

香港人の友達の誕生日会に参加させてもらいました。彼女の友達で、普段は合わない人たちがたくさんいて、みなさん、半年ぶりや、9か月、10か月、1年ぶりの人ばかりでした。つまり「みなさんが前回会った僕」は「広東語がほとんど話せない僕」だったのです。今では簡単な日常会話はなんとかほぼストレス無く話せる様になったので、僕自信、久しぶりに会う香港人の人とスムーズに話せると、新たな世界を見れた気がして、本当に楽しいです。もちろん久しぶりに会った人たちも驚いていると思います。もちろんそうなると、みんなとの距離はグッと縮まります。多分「広東語がほとんど話せない僕」には決してできなかったであろうこと。もちろん、言語以外のコミュニケーション、言語を超えたコミュニケーションはあると思いますが、それは誰にでも通用するものではないし、誰にでもできるものではない場合が多いと思います。一つの言語が少しずつ上達し、できるようになること、それは「言葉が上手くなる」ことだけではなく、言語を介したコミュニケーションによるお互いの発見や、距離感・空気感が縮まることだったりします。「言語を超えたコミュニケーション」、もしそれがあるとしたら、実は、一番近道は言語を習得することなのかもしれません。

そういう楽しさがまた自分を動かし、更に前に進める。
メジャーな北京語の勉強を中断し、いつの間にか広東語を勉強し出した一番の理由かもしれません。

自動翻訳の技術も発達し、何十年後かにはひょっとしたら、脳内にチップを埋め込んだりすれば、言語無しでコミュニケーションが取れたりする未来がやってくるかもしれません。でも地道に「勉強」と「遊び」を繰り返しながらコツコツ積み重ねる作業が、今のところ有効です。

さて、そろそろ中断していた北京語の勉強を再開しようと思います。北京語を話す環境が十分でない香港では、より「コツコツ」が必要になります。「コツコツ、地道に、楽しさを重ねて」前に進もう。

2011/08/22

自分の名前に拘る

日本を離れたからこそ持っている、ちょっとくだらない拘りの話しです。
僕は「千金楽」という自分の名字を非常に気に入っています。恐らく日本でも何本かの指に入るであろう珍しい名字、少し特別な感じがして、ひねくれ者の自分にはちょうど良いのかも。両親には悪いけれど、名前の「敏允」よりも「千金楽」の方が遥かに気にっています。
香港に来て以来、僕は自分の名前を紹介するのに、「Chigira」を略して"Chigi"または"Chiggy"と言う様にしています。これを言うと、香港人、日本人、アメリカ人、イギリス人、その他何人たりとも不思議そうな顔をします。初めて聞く名前で、何のことかも分からないし、良く聞き取れないし、発音もできないし、「ハァ?」、そんな顔。けっこう"さむい"感じなります。普通なら「Toshimitsu」を略して"Toshi"と呼べば憶えてもらい易い。その方がよっぽど楽。来港以前、海外でホームステイしたり、日本で外国人と話す時は"Toshi"と呼んでいました。日本で「外人ハウス」で生活をしていた時、同居人のオーストラリア人が僕のことを"Toshi"と呼んでいたけど、ある日"Chigi"と呼びだした。日本人が皆「チギ」と呼ぶのを聞いてそう呼ぶ様になったようです。少し嬉しかった。"Toshi"より"Chigi"の方が嬉しかった。
昔、海外営業をしていた父の名刺を見ると、"Henry"と書いてあって、思わず笑ってしまいましたが、うちの父はやはり"Henry"ではない。(今は少なくなって来ていると思うけれど、特に商社系の方(?)など、ビジネスシーンで憶えてもらい易い様にENGLISH NAMEを持たれる方が結構いたらしい。)

初めはちょっと"さむい"感じの"Chigi"という呼ばれ方も、すぐに親しみを持って"Chigi"と呼んでもらえるから、ENGLISH NAMEや分かり易い名前を名乗らなくても良いと思っている。
それは自分の「ホーム」を離れ、「アウェイ」で生きて行く為にはとても有効だと思う。

僕は日本人だからENGLISH NAMEは使わない。ありふれた日本人にはなりたくないから「TOSHI」とは名乗らない。「千金楽」の名前を持って世界に出る。ちょっと言い過ぎたかも知れません。
今日はこの辺で。


(※ 香港ではENGLISH NAMEを持つのが習慣化しています。決してそれを否定しているわけではありません。)
(※ 「TOSHI」という名前の方が「ありふれた」人と言っているわけではございません。)

2011/07/31

「似たもの同士」との付き合い方

日本のマーケットとしての規模はどんどん縮小していく時代。これからの日本人は海外のマーケットを意識して動いていかないといけないと思います。日本国内にいようが、海外にいようが、国際舞台で自立して、海外の人と対等に向き合う力が必要。これは僕が海外に住むと決めた理由の一つですが、香港に住んで1年以上が経った今、このことの重要さをより強く感じています。「日本人の国際化」、日本人一人一人が海外に対して自立して、しっかりと力を発揮できること、これは本当に必要なこと。近い将来、今より何十倍も差し迫った問題になります。「日本人国際化」のお手伝い。これは自分が一生をかけて取り組んでいきたいテーマの一つです。
日本にいた時も、香港で住んでいる今も、僕が感じること。僕が不満に感じること。日本の人たちはいざとなると外へ力を向けられず、自分と近い環境の人たちばかりを好み、安心ばかりを求めている気がします。「似たもの同士」とばかり付き合う。これは完全に「余計なお世話」だけれど、「似たもの」の一員として、やっぱり不満に思う。
似たもの同士で肩を寄せ合って生きるのではなく、「似たもの同士、それぞれ外へ繰り出し、違う道を歩き、お互いの戦利品を自慢し合ったり、失敗談を語り合いながら、より良い方向へ発展させていく」。これが僕の「似たもの同士」との理想の付き合い方です。そんな「似たもの同士」が集まった日本なら、国際舞台でも怖いものはない。そう思います。
「日本人国際化」、その前にまず、「自分国際化」。さあ、戦利品を求めて、狩りに出よう(笑)

2011/07/24

「うまくなった」と思う暇があったら、もっともっと間違えろ!

僕はFACEBOOKに広東語の文章を投稿し続けています。もう1年近くになると思います。作文の練習と、間違いを友達に直してもらうためです。これは言わば、「間違えないと損」なやり方なので、「自信が無ければ無いほど、思い切って書いてみる」ということができる、ある意味究極の勉強法です。ちょうど、日本の学校のテストの反対ですね。当初は、今日はどんな間違いをしようか、楽しみにしていました。今では伝えたい内容はほとんど伝わるようになったらしく、間違いはあったとしても、なかなか直してもらえなくなりました。
最近はすこし、「間違えないうように」と言う意識が出てきた気がします。自分の中で、「うまくなった」「うまいと言われたい」という意識が働いているのかもしれません。難しいこと書こうとして間違うくらいなら、簡単なことを書こう。そしたらもっと褒めてもらえる。そう思い始めるかもしれません。ところが、そうなってくると、僕がFACEBOOKに広東語を書く意味が無くなってしまいます。

そう、僕は間違うために書いている。
話をする時も一緒、簡単なことを話して、「うまい、うまい」と褒めてもらうよりも、不安でいっぱいの憶えたての表現や、忘れかけた単語を使ってみた方が上達が早い。間違って直してもらえれば、もっと上達する。

自分に言い聞かせよう。
「うまくなった」と思う暇があったら、もっともっと間違えろ!」


FACEBOOK上で勉強してる言語の友達がいなかったり、友達に間違えを見られるのが嫌な人の為に、このサイトを紹介しておきます。
http://lang-8.com/
世界中のみんなが間違えを直してくれます。
「みんな間違えながら頑張っている」と思うと、勇気ももらえます。

「うまくなったな~」と思う暇があったら、もっともっと間違えろ!」

2011/06/18

他人と違う方向を向いてしまったら、ニヤリと笑おう

長い目で住もうと決めて渡って来た香港。
留学やワーキングホリデーのとは違うノリで来たつもり。
日本でほんの少しかじった北京語の勉強も、香港へ来るということで半ば諦めかけ、また自分の英語も極端に伸びる環境じゃないだろう、と思ってきました。とにかく仕事が忙しいのは分かっていたので、あまり私生活のことは具体的に描けていませんでした。ただ、もちろん地元の人と仲良くなることも考えていたけれど、「日本人のネットワークもしっかり広げて、リラックスした私生活を」というイメージはありました。広東語がゼロだった僕は、日本語教師のボランティアをさせてもらったり、香港人と日本人の交流会等に参加させてもらったりしながら、気が付くとあっと言う間にたくさんの友達ができました。日本人より香港人の友達の方が少し多いくらいでしょうか、それもみんな日本が大好きな人たち。今自分が楽しく暮らせているのもそんなみんなのお陰。本当に感謝しています。
ところが僕はわがままなので、その快適な生活に疑問を抱く様になりました。広東語も北京語もペラペラになりたいし、英語もネイティブレベルに少しでも近づきたい!言語だけじゃなく、国際人として多角的な視野を身に付けたい。さあ、逆算してみましょう。今の生活の日本語の割合、交流範囲から考えて、その目標はまず達成できません。「海外で日本語ばかり使うなんて・・・」、結局、留学生やワーキングホリデーの人たちのノリです。。。それが自分の性分なんでしょう。
さて、運良く、香港は自分の努力でそれが達成できる場所かもしれません。白人系のイギリス人は返還後かなり減ってしまった様ですが、中華系でネイティブレベルの英語を話す人たちはかなりいる。言語や国際性に対する興味が異常に高い香港、自分の動き方次第で北京語を話すチャンスも作れる。もちろん広東語も。
少しずつですが、僕は目標に向かって環境を変えつつあります。
周りにいる人たちを見ると、自分一人だけ違う方向を向いている気がすることが多くなってきました。
日本を離れようと決めたあの時と同じ、不意に周りの人たちと違う方向を向いてしまった自分。それは自分の魂が向いている方向。そう、あの時と同じ様に、

「他人と違う方向を向いてしまったら、ニヤリと笑おう」。

大きなチャンスが待っている。

2011/06/12

「中国の本当」の一部

先週末、連休を利用して中国、重慶へ行ってきました。実質丸2日もない、またもやタイトな滞在でした。

「重慶」

日本に住んでる方はいまいちピンと来ない、と言うより知らない人の方が多いのでは。
重慶は内陸四川にあり、北京や上海と並ぶ直轄しで、北海道とほぼ同じ大きさです。ほとんど「省」言った方が良いかもしれません。四川と言えば「四川料理」「パンダ」・・・僕は特に辛いもの好きでもなければパンダに心踊らせる人間でもない。三国志が好きなわけでもない。重慶がどんなところかほとんど知らない。それでも僕はずっとここに行きたかった。その理由はただただ一つ。内陸の大都市を見てみたかった。上海や深圳とは少し違う中国が発見できる気がした。ただそれだけです。
短期間の滞在の印象は、重慶の町は極めてきれいで、もの凄いスピードで開発されているのが見てとれます。大きな街ですがまだまだ発展途上。ちょうどヴィトンやアルマーニ等のスーパーブランドが集まるビルが建設中でした。また、例えば車道を逆走する車やバイクがないだけでも、そこそこ発展した都会だと言うことが分かります。(中国では交通マナーがめちゃくちゃなのが本当に当たり前)

さて、初日の夜、僕らはたまたま見つけたレストランで食事をしました。日本で言う、町屋を改造した様な造り。レストランの上の階にはアート作品が飾られている文化の匂いがするレストラン。運良く店員さんと仲良くなり、一緒に食事をし、ただでご飯をお酒を頂くことに。ほんの少し日本語を勉強したことのある人たちで英語も少し話せる。帰りのタクシー代まで払ってもらって、本当に恐縮。中国でも祝日ということで、次の日は同じレストランでイベント(飲み会)があるということで、熱心に誘ってもっらって、もちろん行くことに。それは何と、いわゆる「オフ会」だということ。中国のTWITTER、WEIBOだったかで知り合った人が集まるそう。行ってみると、イギリスに住んでいた人、日本に住んでいたひと、スポーツのオリンピック級の選手、地元のテレビで料理番組をする人等々、おもしろい顔ぶれが揃っていました。アルコール50度以上の中国のお酒「白酒」で盛り上がる、典型的な中国の飲み会だった様ですが、本当にオープンなみなさんと楽しい時間を過ごせました。そして2次会に連れて行ってもらい、そこでもアーティストやテレビ局勤務の方、ヨーロッパに長く住んでいた人、さまざまな顔ぶれ(いわゆる「セレブ」的な人たち)。

一部の香港人の様に日本を知りつくしてるわけではなく、そこまで知らないけれど、みんな日本には良い印象を持つ人ばかり。本当にオープン。
僕らが見た、触れた中国は極めて特殊かも知れません。かなり豊かな人たち。オープンなのは当たり前かもしれません。行ってみれば「中国のほんの一部」。でも、確実に言えるのは、そこには「反日感情」なんてものは一切なく、日本の文化・ファッション・日本人を好意的に見てくれる人たち。日本での「ニュースの中の中国」とは別世界。ほんの一部だけれど、日本での報道よりはより少し正確な「ほんの一部」かもしれません。

自分の頭で考えて、自分の足で動く。全部ではないけれど、自分なりに「見えてくる」。




2011/05/29

「外国人」であること

海外で暮らす人。
留学であったり、仕事で派遣されて駐在したり、自ら職を求めたり、結婚相手が海外にいたり、またはリタイヤ後の生活環境を求めて住んだり・・・。いろいろな方々がいてそれぞれに目的は違うと思います。
さて、海外に住むとどんなことで得があるのでしょうか?語学だったり、または憧れの地での生活、またはそこでしかできない仕事や趣味・・・。目に見える部分ではそんなところが挙げられるのではないでしょうか。香港で言うと、国際的な環境を体験できたり、または食べ物が美味しかったり・・・・。
海外に住んで得すること。僕は、「外国人である」ということなんじゃないかと思っています。「外国人」は失敗して当たり前。僕は失敗は良いことだと言うのは分かっているけれど、生まれた街の、生まれた国の、同じ常識を持った人同士の環境であれば、失敗したら周りがどう思うか分かっているので、なかなか「うまく」失敗できない(ただでさえ、「失敗を受け入れない」傾向の強い日本)。失敗ができやすい場所に住むと言うことは、チャレンジし易いということ。大きな失敗は大きなチャレンジをした証拠。そして第二に何も持たない状態から始まったからどんどん自分が強くなる。最初は知り合いも少なく、分からないことだらけで思い通りにいかない。言語や習慣を学ぶこと、自分の感性を磨くことで、現地のことを知って強くなるだけでなく、自分自信が磨かれ、現地の人にもない眼が養われる気がします。 
ただし、これには「外国人」であることが大切だと思います。海外に住んでいるのに、「外国人」に成りきれてない人はたくさんいるし、海外で見ている景色が「日常」になり始めた時から、そのメリットは無くなって行くと思います。
「どこに住む」とか「どこが良い」とかは、結局はそんなに大きな問題ではないのかもしれませんね。

2011/05/22

シンガポール視察を終えて - 2

僅か1日半でしたが、滞在した限りの印象では、シンガポールの人たちの英語力は一様に素晴らしいと思いました。(これに関しては、僕が訪れた地域がたまたま英語がうまい人が多い地域だった可能性もあるので、断言はできませんし、これからも自分の眼で確かめる必要があるのですが。)一方で同じ中国系の人同士で英語で会話をしている様子を見て、少し違和感を感じました。その時聞いた英語は、例えば香港で「ABC」「BBC」と呼ばれる、完全なアメリカ英語/イギリス英語のネイティブの人たちとも違ったものでした。これが「SINGLISH」と言われているものなのでしょうが、僕はその話をしたい訳ではありません。
「極端に商業化された街」に僕はかなりの違和感を感じましたが、それと同じ様な違和感を、中国系の人同士で英語を話す人たちに感じたのです。もっと言うと、シンガポールで特に有名な、「ポイ捨て等で厳しい罰金」、というのと同じくらいの違和感でした。つまり、国が主導して徹底的に「統制」してできた結果が、ありありと分かる程の違和感として表れている印象でした。(英語教育に関しては、「統制」という側面だけでは無いようですが。)
なぜこの様なことが必要かというと、「生き残っていけないから」、それだけだと思います(これは勉強不足の僕が偉そうに説明することではないけれど)。資源が無く、水さえも隣国マレーシアに頼らざるを得ない国、観光資源にも乏しいから、あの手この手で欧米や日本、そしてアジアからお金を集めなければいけない。露骨なくらいそれが見てとれました。そうやって、必死に今も生き残りを掛けて闘っている、それが日本を抜いてアジアで一番豊かな国になった現在に繋がっているんだと思いました。
さて、日本もこれから更に生き残りを掛けた時代だと思います。シンガポールや香港等と比べると圧倒的に国際化、外資誘致が遅れてしまいました。これからシンガポールなどをお手本にしていかないといけないのは確かでしょうが、商業化・英語教育、これだけ必要に迫られた国に簡単に近づけるでしょうか?しかも1億2千万人以上の日本に対してシンガポールは5百万人。他民族国家の共通語として英語が必要だったシンガポール。「日本人」と呼ばれる人たちや在日韓国人の人たちも皆日本語が喋れる日本。国際化への道のりはなかなか簡単では無いみたいです・・・。

2011/05/15

シンガポール視察を終えて - 1

金曜日の夜の便で出発し、先ほどまで、かなり無理なスケジュールではありましたが、以前から興味のあったシンガポールへ行ってきました。香港から片道3時間半、意外に遠いシンガポール・・・。インド、中国、オーストラリアを含めたアジア圏の中心に位置し、今後アジアのハブとしてさらに注目・期待されるシンガポール。日本でも最近特に何かと注目されるようになった気がします。まずは「百聞は一見に如かず」、とりあえず行ってみ ることに。
土曜日と日曜日の半日、実質一日半しか時間はありませんでしたが、とりあえず、「うわべ」だけはしっかり見てきました。

13日 24:20 シンガポール(Changi)空港着 - Arab Street 周辺視察
14日 Bugis 周辺 - Sands Skypark(カジノ等最新のエンターテイメント) - China Town - Tiong Bahru Market and Food Centre(ローカルフードコート)- little India - Clarke Quay・Robertson Quay(観光 者向けエンターテイメントシティー)
15日 Sentosa - Lau Pa Sat Festival Market - Orchard Road

僕が持った印象はこの2点に尽きます。

1. エスニックな国際都市
華人、マレー系、インド系、その他のアジア 中東系、そして欧米、東アジア等からビジネスで滞在する人、様々な民族が暮らす国。地球の歩き方には華人75%マレー系14%インド系9%、なっていましたが、街を歩いた感覚では、明らかにそれよりマレー系が多く、30~40%いるように感じました。街から聞こえてくるのは、英語、マレー語、北京語が多いですが、北京語は思ったより聞こえてきません。と言うのも、華人系の人も友達同士、「Singlish」と皮肉られる独特の訛りの英語で話しているのです。これには少し驚きました。彼らが、他民族-友達-家族 とどのレベルまで英語を使っているのかは分からないけれど、かなりの頻度で英語を使用している印象。香港の人には怒られるかもしれませんが、独特の訛りはあるものの、比較されがちな香港人と比べるとはるかに流暢だと想像できます。また、福建省・広東省からの移民が多く、広東語もちらほら聞こえてきました。事実、タクシーの運転手やコンビニの店員、広東語が通じる人が何人かいました。チャイナタウンやアラブストリートは民族色の濃い地域ではありましたが、かなり観光地化が進んでいる印象。リトルインディアはインド系コミュニティの大きさを反映して、なかなかなの迫力、マーケットや屋台(食堂)は別世界です。

2.極端に商業化された国

短い視察の間に僕が感じた印象。「国全体がテーマパーク」。都市計画がしっかりされ、どんどん新しく開発されて、非常に清潔な街並み。どちらかと言うと欧米の街に近い。2つのカジノ、MARINA地区のハーバービュー、新設のユニバーサルスタジオを初め娯楽施設と人口ビーチのみで構成されるSentosa島。ひたすら人口的に演出された風景Clarke Quay・Robertson Quay。Clarke Quayの街に突如として現れるバンジージャンプ。「そこまでして外国からお金を集めたいのか」と思うほど。
夜のClarke Quayは欧米人が多く、Sentosaへの人の流れは恐らくマレーシア・インドネシアを中心にアジア系が多い印象で、まさにアジアのパワーを感じます。日曜日のSentosaの盛り上がりは少し異様な感じさえしました。 全てが人口的に仕組まれた国。そんな印象。

とにかく、旅行先としても、国の在り方としても賛否両論が極端な国だと思います。経済が絶好調と騒がれているシンガポール、情報で頭でっかちになっている人はまず行ってみると良いと思います。
僕の印象はどちらかと言うと否定的。旅行先としては「No」、視察としては「とても勉強になった」、という感じです。
僕は香港に住む限りはこの国を定期的に訪れようと思います。
これからも世界中から注目度の高そうなシンガポール。
さて、僕のこの国に対する印象はどう代わっていくのでしょう。


(※このレポートはあくまでシンガポールのほんのわずか一部分を体験した僕の現時点での印象です。正しい情報はご自分でご入手下さい。)



リトルインディアの市場

                 市内の地下鉄にて。中華系・マレー系半々にインド系少々?

                  SENTOSA EXPRESS。SENTOSA方面の混雑。

          SENTOSA EXPRESS は駅までテーマパークの様。ビーチ駅前のトンネル

                             開発が進む

                        郊外は同じ様な団地ばかり

2011/05/08

香港にこだわらない。

海外に住むと決めたのは、「生まれた土地だけに固執することなく、時代に合わせてどこでも生きていける様になる」、その力を身につける為です。それは僕たち日本人が一番苦手なこと。まさに僕らは農耕民族ですから。
つまり、僕は特に香港が好きで来たわけでありません。たまたま海外生活を送る場所としていろいろな条件が合っただけで、香港には全くこだわっていませんでした。香港は個性的な土地なので、「香港が大好き」で働きに来たり(以前は特に多かった様です)、旅行を重ねたりする人が多い様で、そういう人たちの考え方とはかなりギャップがあった様に思えます。ところが地元の友達の温かいサポートのお陰もあり、今では香港での生活にはすっかり慣れ、日本でほんの少ししていた北京語の勉強も少しお休みし、広東語を勉強しています。僕もすっかり「香港が大好き」な人間の一人になりました。

「香港は日本人にとって最も暮らし易い地域の一つ」。この様に言われることが良くあります。最初は、日本とのあまりの景色の違い(一番は清潔感でしょうか)に、その言葉もピンときませんでしたが、今ではその言葉の意味が実感できます。そもそも土地が狭くもちろん資源もない。外資に頼らないといけないですので、外国に対して極めてオープンな国(地域)のシステム。同じ様に香港人も外国人に対してオープンで、「外国人に合わせるのが当たり前」という様な雰囲気さえある様に感じます。もちろん親日家が多いことも日本人には非常に助かります。そんな香港で「暮らしやすい」というのは極々当たり前なのかもしれません。

期待と不安を抱き、毎日が発見の連続の海外生活。それはだんだん日常になりつつあります。そして、それは少し危ないことで、日常になれば、僕らは「香港の常識」だけを頼りに生きることになります。「外国人に合わせるのが当たり前」、そんな特殊な「香港」。その有難さを忘れ、いつしか香港以外では生きれない自分がいるかもしれません。

たったの一年ですが、今ではすっかり仲の良い仲間ができ、居心地がよくなった香港。だからこそ敢えて「香港にこだわらない。」、僕は香港にどっぷり浸かりつつ、定期的にそう自分に言い聞かせることにしようと思います。

2011/05/02

点が線になり、面になる楽しさ

香港に住み1年が過ぎました。就職活動から現地での生活等々、さまざまな場面で助けて頂き、また日本から見守って頂いている皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。

さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。

日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。

「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。

2011/04/25

東莞視察

香港は英国植民地時代の影響か、イースターで4連休。2日間を使い、広東省・東莞市を「旅行?」してきました。東莞市は広東省で古くから発展してきた広州市と経済特区として急激に発展してきた深圳市に挟まれ都市です。また香港からも近く、中国で生産され香港から世界へ輸出される工業製品・日用品の大半はここ東莞市で製造されています。まさに「世界の工場」です。また、日系企業の工場も多く、多くの駐在員の方が生活されています。地方(特に四川・湖南・江西省等)からの出稼ぎ労働者が圧倒的に多い町です。実際の居住者は600万人を超え、発展著しい町です。
日本にいる頃から数回工場を視察しに出張したことがあり、東莞のイメージは、「工場があるところ」「仕事で来るところ」、また違う土地から人が流入する為、広東省の中では特に「治安は良くない」というイメージもあるようです。訪問する外国人は工場視察に来る人ばかりで、観光客は「ゼロ」と言っても過言ではないと思います。周りの人たちは海外へ行ったり、テーマパークへ行ったりする中、僕は「工場の町へ」。仕事でしか行かないところなので、実際の町の素顔がとても気になっていました。

東莞市の西南・広州市の対岸の町、虎門から北上し、北寄りの中心地へ、そして深圳市へ向け南下する。移動はほとんどローカルバスでした。街でもバスの中でも外国人はほとんどいなく、時折物珍しい目でこちらを見てくる人たちが印象的でした。
結局バスは合計で3時間ほど乗りましたが、風景はほとんど変わらず、味気のない建物がひたすら続きます。工場・商店・ホテル、その繰り返し。日本のロードサイドの街並みを地味にしたような風景がほぼ全域に渡っている様です。観光客が集まらないのも肯けます・・・。中心部は深圳や広州の様な「超近代的」な建物はあまりありませんが、充分な都会で、生活には全く困らないと思います。台湾のタピオカ入り紅茶、日本のたこ焼きを真似た食べ物、流行りのファッション、携帯アクセサリー、TATOOショップ、香港でもある様な流行りものは結構あるけれど、何か安っぽい。「全て実物を知らない人が作った」様な印象でした。都市の都会性と言うのは「人口の多さ」ではなく、「その街の開放性」に拠って決まるのかもしれませんね。
バスの中、片言の北京語と筆談で地元の方と話し、道を尋ね、タクシーの運転手と値段交渉、社内でお話し。香港だと「日本人かい?」となるけど、ここでは「どこの人?」、「中国人じゃないのかい?」と丸くなった目も印象的。。。みんな陽気で人懐っこい感じ。また、やはり日本や香港の人と比べて素朴な印象でした。「工場の町」の素顔は「素朴で人懐っこい中国人」の町でした。
「写真も無く、淡々としたレポートになってしましましたが、記録も兼ねて。

2011/04/23

香港ラーメン事情

ニューヨーク・シンガポールではラーメンブームが起こっているそうですが、ブームの波が押し寄せてきたのでしょうか。ここ香港でも、日本の有名店が店を出すようになってきました。日本食レストランが大変多い香港ではやっと?という感じもします。(家賃が高いというのもネックの一つなのでしょうか。)

僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。

※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。


味千ラーメン ↑

ラーメン秀ちゃん ↑
豚王 ↑

横綱 ↑

山頭火 ↑

2011/04/16

ABC ,BBC, CBC・・・・・・

ABC, BBC, CBC・・・・・ さて、これなんだか分かりますか? 正解。 ABC = AMERICANーBORN CHINESE BBC = BRITISHーBORN CHINESE CBC = CANADIANーBORN CHINESE アメリカやイギリスで生まれた中華系の人たち。僕も香港へ来て初めて聞いた言葉です。

日本で「華僑」と呼ばれている人たちの一部とも言えます。
人によってさまざまでしょうが、英語がペラペラで、インターナショナルスクールに通ってる人が多く、中国語をあまり話せない人も結構多いみたいです。

生粋の香港人からすると、日本の帰国子女みたいなものでしょう。
生粋の日本人が「帰国子女」と聞くとちょっとビビってしまうのと同じで、生粋の香港人も、彼らに対し少し距離を置いた形で「ABC、BBC、CBC」と呼ぶのかもしれません・・・。 僕の友達にも数人、ABC、BBC等の人がいます。これに香港生まれで海外に移民経験のある人や、大学を海外で過ごした人を併せると、かなりの割合です。もちろん、英語・中国語を使いこなす人も多く、ビジネススタイルも欧米に近い香港は、海外で経験を積み、フットワーク・ネットワークを生かして海外を舞台に働く人たちが自然に働ける場所の様な印象があります。また、香港人自体も香港のシステムにも助けられ、またそういう人たちの影響も受け、国際的な器がある人が多い様な気がします。これに東南アジアから出稼ぎに来る人、欧米、日本や韓国その他、世界中から駐在員として一時的に住む人、全人口の4倍の年間観光客が流動的に出入りし、街を活性化させていきます。このような要素が香港の魅力、香港の底力の様な気がします。

2011/04/05

「中山北駅」

久しぶりの更新になってしまいました。



少し前の話ですが、用事があり、中国の中山市から広州まで「新幹線」に乗ってきました。

この列車を「新幹線」と呼ぶのは賛否両論あるようです(香港の人は決して呼ばない様です・・・)。今年の1月に「珠海(マカオの隣)-広州」間が開通しました。僕はその間の中山市から広州まで利用しました。以前は列車で1時間半ほどかかっていたそうですが、「中山北駅」から「広州南駅」まで最高速度200km、30分余りで着く様になりました。直線距離でも100km近くありますが、料金はなんと25元(約320円)。乗車客も大変多く、地元の交通の活性化に大いに役立っていることだと思いました。中国の乗り物に関しては、日本人、香港人、皮肉も込めて余り評価されない方が多い印象ですが、僕が乗ってみた感じでは非常に快適で、また時間の遅れもありませんでした。

さて、中山市は人口250万人ほどの広東省の中でも発展著しい都市です。新幹線用に新設された「中山北駅」は市の中心部から車で20分くらいのところにあります。今年新設の新しい駅なので当たり前なのですが、この駅の周り、何もないんです。本当に何もない。15年ほど前、僕の地元に大学ができ、JRの新駅ができましたが、その時に似ています。でももっと何もない。駅の中にも売店も無く、駅前に交番があるだけ。僕の地元の駅もあっという間に開発が進み、今では非常に便利になりました。「何もない」、つまり「無限大」の可能性だなー、と改めて思いました。中国の経済状況に関してはいろいろな意見があるけれど、香港や日本に同じ様な場所はなかなか見つかりません・・・。


                  ↑ 駅の上から。本当に何もない。

                  ↑ 券売機。皆さんまだ慣れていません。


                  ↑ こんな感じの列車です。

                      ↑ 社内です。結構広い。

2011/02/28

アジア初はやっぱり香港?

久しぶりに本業のことを書きます。なぜ「ファースト」フードというのに、ファッションの場合「ファスト」とになったのかは知りませんが。)2008年のH&M上陸以来、日本では海外の安いファッションブランド「ファストファッション(FAST FASHION)」が話題を呼びました。当時は「黒船来襲」とか言われて騒がれていました。また、2009年のアメリカから上陸のFOREVER21も話題になりました。先日日本に帰省した時、新宿や渋谷にもFOEREVER21の大きな店舗ができていて、未だに大きな存在感があるようです。
さて、先日H&Mの別ブランド「MONKI」の店舗を見てきました。このブランドはもともとスウェーデンのローカルブランドで周辺諸国に店舗を持ち、2008年にH&Mに買収されて以来出店を加速させている様です。H&Mよりも値段は高いですが、モードよりで感度の良い印象で、日本にも上陸したら間違いなく流行ると思います。とは言え、このブランド、2010年にアジア1号店として香港にオープン。日本にはいつ上陸するのやら?それどころかあまり知られていないかも?
そう、アジア初上陸はいつも香港、そんな気がします。FOREVER21こそ違いますが、H&Mも香港→上海、遅れて東京。ファストファッションに限った話ではありません。これは、ヨーロッパと香港の太いパイプ(歴史、物流、言語=英語)と関税等の問題もあると思いますが、やはり大きな市場、中国をにらんで、ということが大きいと思います。今年3月、渋谷に「BERSHKA」というZARAの姉妹ブランドがオープンします。ネット等で調べた限り、日本での注目度はいまいち(?)の気もしますが、ZARAを持つINDITEX社の中でもH&MやFOREVER21に近い、ヤングファッションのブランドで、世界に700店ほどあり、ZARAが飽和状態の今、同社にとって最も重要なブランドの一つです。このブランドも残念ながら、香港、中国→シンガポール→東京です。しかも中国には10店舗以上もあるのに、「今さら東京?」という気がします。BERSHKAと同じくヤング対象の人気ブランド「PULL&BEAR」も中国ではとっくに定着しているのに、日本には上陸していない。ファッションにおいてはアジアで別格の地位を築いた様に思える日本ですが、市場としての注目度は明らかに中国に置いていかれています。とは言え、日本のファッションはまだまだアジア諸国を引っ張っていく存在です。市場としての存在感は衰退していくかもしれませんが、日本の独特のファッション感度も衰退しない様がんばらないといけません。


2011/02/07

日本に帰って感じたこと

旧正月の休みを利用して一週間日本へ帰りました。久しぶりの日本。最初は少し、「外国に来た様な」不思議な感覚がありました。とは言っても、ほんの半年ちょっと前に一時帰国していたのですが・・・。それほど僕は香港に慣れたのだし、慣れようとしてきた、ということなんだと思いました。「自分のベースは海外だ」という覚悟ができたのかもしれません。
ところが、日本に帰って3、4日すると、その感覚はなくなりました。香港へ戻る前日には、海外で生活して来れた自分が逆に不思議に感じて、香港の生活に戻るには少し勇気がいるくらいでした。「やっぱり自分は日本人だな」、そう思いました。今後僕がどれほど国際的な人生を歩もうと、こういう感覚は消えないと思います。やっぱり「島国日本」の閉鎖的な人間。海外に出るには、他の国の人より圧倒的に不利な国民です。

海外で生活すること。
それは簡単ではないかもしれません。
でも住んでみれば、日本で頭の中で考えていた時より簡単だし、楽しいことも多いし、不便なことも楽しめる。そして得るものも大きい。
でも、日本で生活しているとどうしてもそこが見えてこない。僕が「海外で働く」と言った時、みんな必ず「大変だけどがんばって」。「いいな~。楽しそうだな、それ」って言った人はほとんどいません。自分を含めて多くの人は、見えない世界に対して、不安や苦労のことばかり考える。海外に住むことはそんなに大変ではないし、ましてや怖いことなんかではない。でも僕たち日本人にはとても「大変なこと」になってしまうんです。

だからこそ海外へ出て、「海外なんか大したことない」、そういう事実を知るべきだし、そういう感覚を身に付けた日本人は強いと思います。

2011/01/16

だから今、絶対海外なんです!!

「若者が海外へ出ない」

1年くらい前から、特に言われ出したことでしょうか?ずっと気になっていました。
日本の大学生や社会人になりたての知り合いはいないので、ずっと確かめれなかったのです。できれば彼ら一人一人に確認して、「そんなことはない!」という事実を証明したかった。でもどうやらそれは本当の様な気がします。

海外志向はバブル世代~自分の世代がピークだったのでしょう。
僕が20代前半の時の感覚としては、日本人にとって、毎年毎年、海外がどんどん身近になっていく感覚があったのです。21歳から英語の勉強を始めた自分は、「ヤバい、こんなに遅く始めた自分は新しい世代に簡単に追い越されてしまう・・・」という様な焦りさえありました。僕が高校生くらいの時から、「フリーター(今で言うニート)」という人たちが現れました(自分もそうでした)。HISなど格安航空券を扱う会社が多くできました。また、「進め、電波少年」という芸人が無一文で世界を旅行するテレビ番組が流行りました。「時間はあるけど、することがない、何をして良いのか分からない」そんな奴らが、「貧乏人でも、バカでも行ける海外」にどっと押し寄せた。そんな感じでした。本当にあいつもこいつ、仕事を辞めて、とりあえず留学、とりあえずワーキングホリデー、バックパッカー。そんな感じでした。
昔話は良いとして、そんなバカなきっかけからでも今では僕は海外で生活することの大切さを実感しています。これからの日本人にはもっと大切だと思っています。ですので、「若い人が海外へ出ない」というのは信じられないし、「これは本当にまずいな(日本の将来にとって)」と思っています。

若者を批判するのは年寄りの勝手で、若者には自分たちが見てきた世界が基準なので、彼らの常識があります。「なんでこうなってしまったのか」、偉そうに分析する立場でもありませんが、一つには、海外が「憧れ」や「遠いところではなくなってしまった」というのがあるのかもしれません。今、「海外で働く」と言うのは、「アジアで働く」を示します。「憧れ」の欧米ではありません。もしくは、「欧米」といってももはや憧れではなくなってきているのかもしれません。

「憧れ」ではなくなった。
当たり前なんです。

海外は「憧れ」なんかではないんです。同じ様に日本も「アジアからの憧れ」ではなくなる時代に突入しています。すぐにでもアジア諸国に追いつき、追い越されるかもしれません。日本人(先進諸国の人)が現実を受け止めなければいけない非常に重要な時期だと思います。だからこそ、海外に出て、世界を、日本を、自分を知らないといけないんです。

「海外は憧れなんかじゃない」
だから日本人は海外で力を発揮できるんです。
だからこそ今、海外なんです!
だから、本当に「若者が海外に出たくない」としたら、僕は本当に悲しいです。


人口が減少し、経済縮小が現実的となった日本。
僕が言っているのは、「経験や人間的成長」ももちろんですが、現実問題として「生きる場所」として日本人は海外を意識しなければならないのです。
P.S.僕がたまに読んでいるコラムにも同じ様な内容が掲載されています。おもしろいので、ご覧ください。

2011/01/10

SNS勉強法

前回の「茶餐店勉強法」に続きまして、僕が実践しているちょっと変わった勉強法です。今世界中で流行し、世界のビジネスにも大きな影響力を与えているSNS。こちら香港では日本よりも流行っている気がします。圧倒的に人気なのが、日本でも流行り始めているFAEBOOK。香港では友達とのやり取りには欠かせない存在かもしれません。
当初、友達のFACEBOOK上の広東語の投稿が「単なる記号」にしか見えなかったのですが、ある日突然「意味があるもの(=言語)」となって入ってきました。それから程なくして、茶餐店で夜ごはんを食べていた時に、「魚皮餃(魚の皮入りの餃子)」がたまらなく美味しく、思わず「我真鍾意魚皮餃が本当に好きだ ) 」と最初の広東語の投稿をしました。 みんな少し驚いていました。(それほどここ香港では広東語は外国人にとって遠い存在なのか・・・)。それから自然にちょくちょく広東語で投稿するようになりました。
そしてある日、一つの決断をします。「決定每日都寫吓廣東話!如果我寫錯嘅話請大家更正。(毎日広東語で呟くことにしました。みなさん間違いがあったら直してください。 )」これを投稿するにはかなり勇気が要ったのを憶えています。そうしたら、香港の友達から温かい返信がたくさん来ました。その日以来、僕は毎日広東語の投稿をしています。そして香港人の友達(=先生)はみんな、温かく僕の広東語を毎回直してくれます。

思いつきから始まったこの勉強法ですが、本当に素晴らしいです。
  ・ 友達とのコミュニケーションが目的なので楽しんでできる。
  ・ 教科書通りではなく、自分で調べる努力が必要
  ・ 分からないことはすぐに質問できる
  ・ 「毎日書く」と宣言しているので、さぼれない
  ・ いつでもできる
  ・ 生の(自然な)言語を勉強できる 
  ・ 無料(なんといってもこれが一番)
  ・ もちろん、香港人の友達とより仲良くなれる

今でも広東語はまだまだ片言ですが、少しずつ自分の生活に身近なものになってきている気がします。
言語は生活に取り入れる。
一番の勉強法は、「自分が広東語を勉強していると言う事を一人でも多くの人に伝える」、「一人でも多くの人に応援をしてもらう」ということなのかもしれません。
そしてもう一つは「継続」。「継続は力なり」。僕はFACEBOOKの投稿に誰も返事をくれなくなったとしても、ただひたすら毎日・・・毎日投稿を続けるのみです。