2011/09/19

僕が言語を学ぶ理由

香港人の友達の誕生日会に参加させてもらいました。彼女の友達で、普段は合わない人たちがたくさんいて、みなさん、半年ぶりや、9か月、10か月、1年ぶりの人ばかりでした。つまり「みなさんが前回会った僕」は「広東語がほとんど話せない僕」だったのです。今では簡単な日常会話はなんとかほぼストレス無く話せる様になったので、僕自信、久しぶりに会う香港人の人とスムーズに話せると、新たな世界を見れた気がして、本当に楽しいです。もちろん久しぶりに会った人たちも驚いていると思います。もちろんそうなると、みんなとの距離はグッと縮まります。多分「広東語がほとんど話せない僕」には決してできなかったであろうこと。もちろん、言語以外のコミュニケーション、言語を超えたコミュニケーションはあると思いますが、それは誰にでも通用するものではないし、誰にでもできるものではない場合が多いと思います。一つの言語が少しずつ上達し、できるようになること、それは「言葉が上手くなる」ことだけではなく、言語を介したコミュニケーションによるお互いの発見や、距離感・空気感が縮まることだったりします。「言語を超えたコミュニケーション」、もしそれがあるとしたら、実は、一番近道は言語を習得することなのかもしれません。

そういう楽しさがまた自分を動かし、更に前に進める。
メジャーな北京語の勉強を中断し、いつの間にか広東語を勉強し出した一番の理由かもしれません。

自動翻訳の技術も発達し、何十年後かにはひょっとしたら、脳内にチップを埋め込んだりすれば、言語無しでコミュニケーションが取れたりする未来がやってくるかもしれません。でも地道に「勉強」と「遊び」を繰り返しながらコツコツ積み重ねる作業が、今のところ有効です。

さて、そろそろ中断していた北京語の勉強を再開しようと思います。北京語を話す環境が十分でない香港では、より「コツコツ」が必要になります。「コツコツ、地道に、楽しさを重ねて」前に進もう。