「バイリンガル」、「トリリンガル」、「マルチリンガル」というと、日本では偉く大層な存在に聞こえがちな気もします。でも、良く考えると、日本人でも少しでも海外で生活した人は皆「バイリンガル」。
僕は大学時代に第二外国語の中国語をサボっていたので、ずっと「バイリンガル」でしたが、広東語が何とか話せる様になり、「トリリンガル」と呼べる様になりました。特に呼び方に拘る必要はないけれど、こちら香港では「バイリンガル」、「トリリンガル」は当たり前。中国語と英語が話せる人が多いのはもちろん、大学等、高等教育を受けた人なら3カ国語以上話せる人も非常に多いです。中国語(広東語+北京語)、英語、その他(日本語、韓国語、ドイツ語等々)。日本でも全て(?)の大学生が英語と一ヶ国語を勉強しているはずなのに、「トリリンガル」と自負する人はほとんどいませんね。香港人にとっては恐らく「勉強する」=「話す」、それだけ外国人と話す機会も多いし、香港人同士で外国語で話すのも全然恥ずかしがったりしない。さて、香港で中国語を使おうとすると、そこに自然と英語が混ざってきて、更に日本語を話す人も多いので、3ヶ国語ごちゃ混ぜで会話が進んだりします。日本にいる日本人が傍から見るときっと非常におもしろいと思います。もちろん、どこへ行っても「日本人(日本語)グループ」、「英語グループ」なるものができてしまうので、自分が多くの言語話せないとこういう場面に居あわせる機会は少なくなります。近頃はだいぶ、この国際都市ならではの状況に居あわせることが多くなり、海外生活の醍醐味を味わえている様な気がします。
近頃、近所のカフェに行くと、良く見かける2人がいます。完璧な英語と完璧な広東語で大きな声で話す2人。北京語も話せるみたい。ん?良く聞いてみると、スペイン語が・・・。どうもこれは、スペイン語のプライベート・レッスンをしている様です。どう見てもアジア人の2人、でも態度はなんとなくアメリカン!?いや、南米風??日本人の僕の眼には(失礼ながら)、おもしろ可笑しく映るこの光景、僕はニタニタしながら「香港って本当にすげ~」と心の中で呟いています。
お金の流れ、人の流れ、物の流れ、企業の所在地まで国際化が加速してゆく時代、ますますこんな、「おもしろ可笑しい人たちの時代」。何ヶ国語も飛び交う、「おもしろ可笑しい会話」を楽しみながら、これからの時代に備えましょう。
2011/08/22
自分の名前に拘る
日本を離れたからこそ持っている、ちょっとくだらない拘りの話しです。
僕は「千金楽」という自分の名字を非常に気に入っています。恐らく日本でも何本かの指に入るであろう珍しい名字、少し特別な感じがして、ひねくれ者の自分にはちょうど良いのかも。両親には悪いけれど、名前の「敏允」よりも「千金楽」の方が遥かに気にっています。
香港に来て以来、僕は自分の名前を紹介するのに、「Chigira」を略して"Chigi"または"Chiggy"と言う様にしています。これを言うと、香港人、日本人、アメリカ人、イギリス人、その他何人たりとも不思議そうな顔をします。初めて聞く名前で、何のことかも分からないし、良く聞き取れないし、発音もできないし、「ハァ?」、そんな顔。けっこう"さむい"感じなります。普通なら「Toshimitsu」を略して"Toshi"と呼べば憶えてもらい易い。その方がよっぽど楽。来港以前、海外でホームステイしたり、日本で外国人と話す時は"Toshi"と呼んでいました。日本で「外人ハウス」で生活をしていた時、同居人のオーストラリア人が僕のことを"Toshi"と呼んでいたけど、ある日"Chigi"と呼びだした。日本人が皆「チギ」と呼ぶのを聞いてそう呼ぶ様になったようです。少し嬉しかった。"Toshi"より"Chigi"の方が嬉しかった。
昔、海外営業をしていた父の名刺を見ると、"Henry"と書いてあって、思わず笑ってしまいましたが、うちの父はやはり"Henry"ではない。(今は少なくなって来ていると思うけれど、特に商社系の方(?)など、ビジネスシーンで憶えてもらい易い様にENGLISH NAMEを持たれる方が結構いたらしい。)
初めはちょっと"さむい"感じの"Chigi"という呼ばれ方も、すぐに親しみを持って"Chigi"と呼んでもらえるから、ENGLISH NAMEや分かり易い名前を名乗らなくても良いと思っている。
それは自分の「ホーム」を離れ、「アウェイ」で生きて行く為にはとても有効だと思う。
僕は日本人だからENGLISH NAMEは使わない。ありふれた日本人にはなりたくないから「TOSHI」とは名乗らない。「千金楽」の名前を持って世界に出る。ちょっと言い過ぎたかも知れません。
今日はこの辺で。
(※ 香港ではENGLISH NAMEを持つのが習慣化しています。決してそれを否定しているわけではありません。)
(※ 「TOSHI」という名前の方が「ありふれた」人と言っているわけではございません。)
僕は「千金楽」という自分の名字を非常に気に入っています。恐らく日本でも何本かの指に入るであろう珍しい名字、少し特別な感じがして、ひねくれ者の自分にはちょうど良いのかも。両親には悪いけれど、名前の「敏允」よりも「千金楽」の方が遥かに気にっています。
香港に来て以来、僕は自分の名前を紹介するのに、「Chigira」を略して"Chigi"または"Chiggy"と言う様にしています。これを言うと、香港人、日本人、アメリカ人、イギリス人、その他何人たりとも不思議そうな顔をします。初めて聞く名前で、何のことかも分からないし、良く聞き取れないし、発音もできないし、「ハァ?」、そんな顔。けっこう"さむい"感じなります。普通なら「Toshimitsu」を略して"Toshi"と呼べば憶えてもらい易い。その方がよっぽど楽。来港以前、海外でホームステイしたり、日本で外国人と話す時は"Toshi"と呼んでいました。日本で「外人ハウス」で生活をしていた時、同居人のオーストラリア人が僕のことを"Toshi"と呼んでいたけど、ある日"Chigi"と呼びだした。日本人が皆「チギ」と呼ぶのを聞いてそう呼ぶ様になったようです。少し嬉しかった。"Toshi"より"Chigi"の方が嬉しかった。
昔、海外営業をしていた父の名刺を見ると、"Henry"と書いてあって、思わず笑ってしまいましたが、うちの父はやはり"Henry"ではない。(今は少なくなって来ていると思うけれど、特に商社系の方(?)など、ビジネスシーンで憶えてもらい易い様にENGLISH NAMEを持たれる方が結構いたらしい。)
初めはちょっと"さむい"感じの"Chigi"という呼ばれ方も、すぐに親しみを持って"Chigi"と呼んでもらえるから、ENGLISH NAMEや分かり易い名前を名乗らなくても良いと思っている。
それは自分の「ホーム」を離れ、「アウェイ」で生きて行く為にはとても有効だと思う。
僕は日本人だからENGLISH NAMEは使わない。ありふれた日本人にはなりたくないから「TOSHI」とは名乗らない。「千金楽」の名前を持って世界に出る。ちょっと言い過ぎたかも知れません。
今日はこの辺で。
(※ 香港ではENGLISH NAMEを持つのが習慣化しています。決してそれを否定しているわけではありません。)
(※ 「TOSHI」という名前の方が「ありふれた」人と言っているわけではございません。)
2011/07/31
「似たもの同士」との付き合い方
日本のマーケットとしての規模はどんどん縮小していく時代。これからの日本人は海外のマーケットを意識して動いていかないといけないと思います。日本国内にいようが、海外にいようが、国際舞台で自立して、海外の人と対等に向き合う力が必要。これは僕が海外に住むと決めた理由の一つですが、香港に住んで1年以上が経った今、このことの重要さをより強く感じています。「日本人の国際化」、日本人一人一人が海外に対して自立して、しっかりと力を発揮できること、これは本当に必要なこと。近い将来、今より何十倍も差し迫った問題になります。「日本人国際化」のお手伝い。これは自分が一生をかけて取り組んでいきたいテーマの一つです。
日本にいた時も、香港で住んでいる今も、僕が感じること。僕が不満に感じること。日本の人たちはいざとなると外へ力を向けられず、自分と近い環境の人たちばかりを好み、安心ばかりを求めている気がします。「似たもの同士」とばかり付き合う。これは完全に「余計なお世話」だけれど、「似たもの」の一員として、やっぱり不満に思う。
似たもの同士で肩を寄せ合って生きるのではなく、「似たもの同士、それぞれ外へ繰り出し、違う道を歩き、お互いの戦利品を自慢し合ったり、失敗談を語り合いながら、より良い方向へ発展させていく」。これが僕の「似たもの同士」との理想の付き合い方です。そんな「似たもの同士」が集まった日本なら、国際舞台でも怖いものはない。そう思います。
「日本人国際化」、その前にまず、「自分国際化」。さあ、戦利品を求めて、狩りに出よう(笑)
日本にいた時も、香港で住んでいる今も、僕が感じること。僕が不満に感じること。日本の人たちはいざとなると外へ力を向けられず、自分と近い環境の人たちばかりを好み、安心ばかりを求めている気がします。「似たもの同士」とばかり付き合う。これは完全に「余計なお世話」だけれど、「似たもの」の一員として、やっぱり不満に思う。
似たもの同士で肩を寄せ合って生きるのではなく、「似たもの同士、それぞれ外へ繰り出し、違う道を歩き、お互いの戦利品を自慢し合ったり、失敗談を語り合いながら、より良い方向へ発展させていく」。これが僕の「似たもの同士」との理想の付き合い方です。そんな「似たもの同士」が集まった日本なら、国際舞台でも怖いものはない。そう思います。
「日本人国際化」、その前にまず、「自分国際化」。さあ、戦利品を求めて、狩りに出よう(笑)
2011/06/18
他人と違う方向を向いてしまったら、ニヤリと笑おう
長い目で住もうと決めて渡って来た香港。
留学やワーキングホリデーのとは違うノリで来たつもり。
日本でほんの少しかじった北京語の勉強も、香港へ来るということで半ば諦めかけ、また自分の英語も極端に伸びる環境じゃないだろう、と思ってきました。とにかく仕事が忙しいのは分かっていたので、あまり私生活のことは具体的に描けていませんでした。ただ、もちろん地元の人と仲良くなることも考えていたけれど、「日本人のネットワークもしっかり広げて、リラックスした私生活を」というイメージはありました。広東語がゼロだった僕は、日本語教師のボランティアをさせてもらったり、香港人と日本人の交流会等に参加させてもらったりしながら、気が付くとあっと言う間にたくさんの友達ができました。日本人より香港人の友達の方が少し多いくらいでしょうか、それもみんな日本が大好きな人たち。今自分が楽しく暮らせているのもそんなみんなのお陰。本当に感謝しています。
ところが僕はわがままなので、その快適な生活に疑問を抱く様になりました。広東語も北京語もペラペラになりたいし、英語もネイティブレベルに少しでも近づきたい!言語だけじゃなく、国際人として多角的な視野を身に付けたい。さあ、逆算してみましょう。今の生活の日本語の割合、交流範囲から考えて、その目標はまず達成できません。「海外で日本語ばかり使うなんて・・・」、結局、留学生やワーキングホリデーの人たちのノリです。。。それが自分の性分なんでしょう。
さて、運良く、香港は自分の努力でそれが達成できる場所かもしれません。白人系のイギリス人は返還後かなり減ってしまった様ですが、中華系でネイティブレベルの英語を話す人たちはかなりいる。言語や国際性に対する興味が異常に高い香港、自分の動き方次第で北京語を話すチャンスも作れる。もちろん広東語も。
少しずつですが、僕は目標に向かって環境を変えつつあります。
周りにいる人たちを見ると、自分一人だけ違う方向を向いている気がすることが多くなってきました。
日本を離れようと決めたあの時と同じ、不意に周りの人たちと違う方向を向いてしまった自分。それは自分の魂が向いている方向。そう、あの時と同じ様に、
「他人と違う方向を向いてしまったら、ニヤリと笑おう」。
大きなチャンスが待っている。
留学やワーキングホリデーのとは違うノリで来たつもり。
日本でほんの少しかじった北京語の勉強も、香港へ来るということで半ば諦めかけ、また自分の英語も極端に伸びる環境じゃないだろう、と思ってきました。とにかく仕事が忙しいのは分かっていたので、あまり私生活のことは具体的に描けていませんでした。ただ、もちろん地元の人と仲良くなることも考えていたけれど、「日本人のネットワークもしっかり広げて、リラックスした私生活を」というイメージはありました。広東語がゼロだった僕は、日本語教師のボランティアをさせてもらったり、香港人と日本人の交流会等に参加させてもらったりしながら、気が付くとあっと言う間にたくさんの友達ができました。日本人より香港人の友達の方が少し多いくらいでしょうか、それもみんな日本が大好きな人たち。今自分が楽しく暮らせているのもそんなみんなのお陰。本当に感謝しています。
ところが僕はわがままなので、その快適な生活に疑問を抱く様になりました。広東語も北京語もペラペラになりたいし、英語もネイティブレベルに少しでも近づきたい!言語だけじゃなく、国際人として多角的な視野を身に付けたい。さあ、逆算してみましょう。今の生活の日本語の割合、交流範囲から考えて、その目標はまず達成できません。「海外で日本語ばかり使うなんて・・・」、結局、留学生やワーキングホリデーの人たちのノリです。。。それが自分の性分なんでしょう。
さて、運良く、香港は自分の努力でそれが達成できる場所かもしれません。白人系のイギリス人は返還後かなり減ってしまった様ですが、中華系でネイティブレベルの英語を話す人たちはかなりいる。言語や国際性に対する興味が異常に高い香港、自分の動き方次第で北京語を話すチャンスも作れる。もちろん広東語も。
少しずつですが、僕は目標に向かって環境を変えつつあります。
周りにいる人たちを見ると、自分一人だけ違う方向を向いている気がすることが多くなってきました。
日本を離れようと決めたあの時と同じ、不意に周りの人たちと違う方向を向いてしまった自分。それは自分の魂が向いている方向。そう、あの時と同じ様に、
「他人と違う方向を向いてしまったら、ニヤリと笑おう」。
大きなチャンスが待っている。
2011/05/29
「外国人」であること
海外で暮らす人。
留学であったり、仕事で派遣されて駐在したり、自ら職を求めたり、結婚相手が海外にいたり、またはリタイヤ後の生活環境を求めて住んだり・・・。いろいろな方々がいてそれぞれに目的は違うと思います。
さて、海外に住むとどんなことで得があるのでしょうか?語学だったり、または憧れの地での生活、またはそこでしかできない仕事や趣味・・・。目に見える部分ではそんなところが挙げられるのではないでしょうか。香港で言うと、国際的な環境を体験できたり、または食べ物が美味しかったり・・・・。
海外に住んで得すること。僕は、「外国人である」ということなんじゃないかと思っています。「外国人」は失敗して当たり前。僕は失敗は良いことだと言うのは分かっているけれど、生まれた街の、生まれた国の、同じ常識を持った人同士の環境であれば、失敗したら周りがどう思うか分かっているので、なかなか「うまく」失敗できない(ただでさえ、「失敗を受け入れない」傾向の強い日本)。失敗ができやすい場所に住むと言うことは、チャレンジし易いということ。大きな失敗は大きなチャレンジをした証拠。そして第二に何も持たない状態から始まったからどんどん自分が強くなる。最初は知り合いも少なく、分からないことだらけで思い通りにいかない。言語や習慣を学ぶこと、自分の感性を磨くことで、現地のことを知って強くなるだけでなく、自分自信が磨かれ、現地の人にもない眼が養われる気がします。
ただし、これには「外国人」であることが大切だと思います。海外に住んでいるのに、「外国人」に成りきれてない人はたくさんいるし、海外で見ている景色が「日常」になり始めた時から、そのメリットは無くなって行くと思います。
「どこに住む」とか「どこが良い」とかは、結局はそんなに大きな問題ではないのかもしれませんね。
留学であったり、仕事で派遣されて駐在したり、自ら職を求めたり、結婚相手が海外にいたり、またはリタイヤ後の生活環境を求めて住んだり・・・。いろいろな方々がいてそれぞれに目的は違うと思います。
さて、海外に住むとどんなことで得があるのでしょうか?語学だったり、または憧れの地での生活、またはそこでしかできない仕事や趣味・・・。目に見える部分ではそんなところが挙げられるのではないでしょうか。香港で言うと、国際的な環境を体験できたり、または食べ物が美味しかったり・・・・。
海外に住んで得すること。僕は、「外国人である」ということなんじゃないかと思っています。「外国人」は失敗して当たり前。僕は失敗は良いことだと言うのは分かっているけれど、生まれた街の、生まれた国の、同じ常識を持った人同士の環境であれば、失敗したら周りがどう思うか分かっているので、なかなか「うまく」失敗できない(ただでさえ、「失敗を受け入れない」傾向の強い日本)。失敗ができやすい場所に住むと言うことは、チャレンジし易いということ。大きな失敗は大きなチャレンジをした証拠。そして第二に何も持たない状態から始まったからどんどん自分が強くなる。最初は知り合いも少なく、分からないことだらけで思い通りにいかない。言語や習慣を学ぶこと、自分の感性を磨くことで、現地のことを知って強くなるだけでなく、自分自信が磨かれ、現地の人にもない眼が養われる気がします。
ただし、これには「外国人」であることが大切だと思います。海外に住んでいるのに、「外国人」に成りきれてない人はたくさんいるし、海外で見ている景色が「日常」になり始めた時から、そのメリットは無くなって行くと思います。
「どこに住む」とか「どこが良い」とかは、結局はそんなに大きな問題ではないのかもしれませんね。
2011/05/15
シンガポール視察を終えて - 1
金曜日の夜の便で出発し、先ほどまで、かなり無理なスケジュールではありましたが、以前から興味のあったシンガポールへ行ってきました。香港から片道3時間半、意外に遠いシンガポール・・・。インド、中国、オーストラリアを含めたアジア圏の中心に位置し、今後アジアのハブとしてさらに注目・期待されるシンガポール。日本でも最近特に何かと注目されるようになった気がします。まずは「百聞は一見に如かず」、とりあえず行ってみ ることに。
土曜日と日曜日の半日、実質一日半しか時間はありませんでしたが、とりあえず、「うわべ」だけはしっかり見てきました。
13日 24:20 シンガポール(Changi)空港着 - Arab Street 周辺視察
14日 Bugis 周辺 - Sands Skypark(カジノ等最新のエンターテイメント) - China Town - Tiong Bahru Market and Food Centre(ローカルフードコート)- little India - Clarke Quay・Robertson Quay(観光 者向けエンターテイメントシティー)
15日 Sentosa - Lau Pa Sat Festival Market - Orchard Road
僕が持った印象はこの2点に尽きます。
1. エスニックな国際都市
華人、マレー系、インド系、その他のアジア 中東系、そして欧米、東アジア等からビジネスで滞在する人、様々な民族が暮らす国。地球の歩き方には華人75%マレー系14%インド系9%、なっていましたが、街を歩いた感覚では、明らかにそれよりマレー系が多く、30~40%いるように感じました。街から聞こえてくるのは、英語、マレー語、北京語が多いですが、北京語は思ったより聞こえてきません。と言うのも、華人系の人も友達同士、「Singlish」と皮肉られる独特の訛りの英語で話しているのです。これには少し驚きました。彼らが、他民族-友達-家族 とどのレベルまで英語を使っているのかは分からないけれど、かなりの頻度で英語を使用している印象。香港の人には怒られるかもしれませんが、独特の訛りはあるものの、比較されがちな香港人と比べるとはるかに流暢だと想像できます。また、福建省・広東省からの移民が多く、広東語もちらほら聞こえてきました。事実、タクシーの運転手やコンビニの店員、広東語が通じる人が何人かいました。チャイナタウンやアラブストリートは民族色の濃い地域ではありましたが、かなり観光地化が進んでいる印象。リトルインディアはインド系コミュニティの大きさを反映して、なかなかなの迫力、マーケットや屋台(食堂)は別世界です。
2.極端に商業化された国
短い視察の間に僕が感じた印象。「国全体がテーマパーク」。都市計画がしっかりされ、どんどん新しく開発されて、非常に清潔な街並み。どちらかと言うと欧米の街に近い。2つのカジノ、MARINA地区のハーバービュー、新設のユニバーサルスタジオを初め娯楽施設と人口ビーチのみで構成されるSentosa島。ひたすら人口的に演出された風景Clarke Quay・Robertson Quay。Clarke Quayの街に突如として現れるバンジージャンプ。「そこまでして外国からお金を集めたいのか」と思うほど。
夜のClarke Quayは欧米人が多く、Sentosaへの人の流れは恐らくマレーシア・インドネシアを中心にアジア系が多い印象で、まさにアジアのパワーを感じます。日曜日のSentosaの盛り上がりは少し異様な感じさえしました。 全てが人口的に仕組まれた国。そんな印象。
とにかく、旅行先としても、国の在り方としても賛否両論が極端な国だと思います。経済が絶好調と騒がれているシンガポール、情報で頭でっかちになっている人はまず行ってみると良いと思います。
僕の印象はどちらかと言うと否定的。旅行先としては「No」、視察としては「とても勉強になった」、という感じです。
僕は香港に住む限りはこの国を定期的に訪れようと思います。
これからも世界中から注目度の高そうなシンガポール。
さて、僕のこの国に対する印象はどう代わっていくのでしょう。
土曜日と日曜日の半日、実質一日半しか時間はありませんでしたが、とりあえず、「うわべ」だけはしっかり見てきました。
13日 24:20 シンガポール(Changi)空港着 - Arab Street 周辺視察
14日 Bugis 周辺 - Sands Skypark(カジノ等最新のエンターテイメント) - China Town - Tiong Bahru Market and Food Centre(ローカルフードコート)- little India - Clarke Quay・Robertson Quay(観光 者向けエンターテイメントシティー)
15日 Sentosa - Lau Pa Sat Festival Market - Orchard Road
僕が持った印象はこの2点に尽きます。
1. エスニックな国際都市
華人、マレー系、インド系、その他のアジア 中東系、そして欧米、東アジア等からビジネスで滞在する人、様々な民族が暮らす国。地球の歩き方には華人75%マレー系14%インド系9%、なっていましたが、街を歩いた感覚では、明らかにそれよりマレー系が多く、30~40%いるように感じました。街から聞こえてくるのは、英語、マレー語、北京語が多いですが、北京語は思ったより聞こえてきません。と言うのも、華人系の人も友達同士、「Singlish」と皮肉られる独特の訛りの英語で話しているのです。これには少し驚きました。彼らが、他民族-友達-家族 とどのレベルまで英語を使っているのかは分からないけれど、かなりの頻度で英語を使用している印象。香港の人には怒られるかもしれませんが、独特の訛りはあるものの、比較されがちな香港人と比べるとはるかに流暢だと想像できます。また、福建省・広東省からの移民が多く、広東語もちらほら聞こえてきました。事実、タクシーの運転手やコンビニの店員、広東語が通じる人が何人かいました。チャイナタウンやアラブストリートは民族色の濃い地域ではありましたが、かなり観光地化が進んでいる印象。リトルインディアはインド系コミュニティの大きさを反映して、なかなかなの迫力、マーケットや屋台(食堂)は別世界です。
2.極端に商業化された国
短い視察の間に僕が感じた印象。「国全体がテーマパーク」。都市計画がしっかりされ、どんどん新しく開発されて、非常に清潔な街並み。どちらかと言うと欧米の街に近い。2つのカジノ、MARINA地区のハーバービュー、新設のユニバーサルスタジオを初め娯楽施設と人口ビーチのみで構成されるSentosa島。ひたすら人口的に演出された風景Clarke Quay・Robertson Quay。Clarke Quayの街に突如として現れるバンジージャンプ。「そこまでして外国からお金を集めたいのか」と思うほど。
夜のClarke Quayは欧米人が多く、Sentosaへの人の流れは恐らくマレーシア・インドネシアを中心にアジア系が多い印象で、まさにアジアのパワーを感じます。日曜日のSentosaの盛り上がりは少し異様な感じさえしました。 全てが人口的に仕組まれた国。そんな印象。
とにかく、旅行先としても、国の在り方としても賛否両論が極端な国だと思います。経済が絶好調と騒がれているシンガポール、情報で頭でっかちになっている人はまず行ってみると良いと思います。
僕の印象はどちらかと言うと否定的。旅行先としては「No」、視察としては「とても勉強になった」、という感じです。
僕は香港に住む限りはこの国を定期的に訪れようと思います。
これからも世界中から注目度の高そうなシンガポール。
さて、僕のこの国に対する印象はどう代わっていくのでしょう。
(※このレポートはあくまでシンガポールのほんのわずか一部分を体験した僕の現時点での印象です。正しい情報はご自分でご入手下さい。)
リトルインディアの市場
2011/05/08
香港にこだわらない。
海外に住むと決めたのは、「生まれた土地だけに固執することなく、時代に合わせてどこでも生きていける様になる」、その力を身につける為です。それは僕たち日本人が一番苦手なこと。まさに僕らは農耕民族ですから。
つまり、僕は特に香港が好きで来たわけでありません。たまたま海外生活を送る場所としていろいろな条件が合っただけで、香港には全くこだわっていませんでした。香港は個性的な土地なので、「香港が大好き」で働きに来たり(以前は特に多かった様です)、旅行を重ねたりする人が多い様で、そういう人たちの考え方とはかなりギャップがあった様に思えます。ところが地元の友達の温かいサポートのお陰もあり、今では香港での生活にはすっかり慣れ、日本でほんの少ししていた北京語の勉強も少しお休みし、広東語を勉強しています。僕もすっかり「香港が大好き」な人間の一人になりました。
「香港は日本人にとって最も暮らし易い地域の一つ」。この様に言われることが良くあります。最初は、日本とのあまりの景色の違い(一番は清潔感でしょうか)に、その言葉もピンときませんでしたが、今ではその言葉の意味が実感できます。そもそも土地が狭くもちろん資源もない。外資に頼らないといけないですので、外国に対して極めてオープンな国(地域)のシステム。同じ様に香港人も外国人に対してオープンで、「外国人に合わせるのが当たり前」という様な雰囲気さえある様に感じます。もちろん親日家が多いことも日本人には非常に助かります。そんな香港で「暮らしやすい」というのは極々当たり前なのかもしれません。
期待と不安を抱き、毎日が発見の連続の海外生活。それはだんだん日常になりつつあります。そして、それは少し危ないことで、日常になれば、僕らは「香港の常識」だけを頼りに生きることになります。「外国人に合わせるのが当たり前」、そんな特殊な「香港」。その有難さを忘れ、いつしか香港以外では生きれない自分がいるかもしれません。
たったの一年ですが、今ではすっかり仲の良い仲間ができ、居心地がよくなった香港。だからこそ敢えて「香港にこだわらない。」、僕は香港にどっぷり浸かりつつ、定期的にそう自分に言い聞かせることにしようと思います。
つまり、僕は特に香港が好きで来たわけでありません。たまたま海外生活を送る場所としていろいろな条件が合っただけで、香港には全くこだわっていませんでした。香港は個性的な土地なので、「香港が大好き」で働きに来たり(以前は特に多かった様です)、旅行を重ねたりする人が多い様で、そういう人たちの考え方とはかなりギャップがあった様に思えます。ところが地元の友達の温かいサポートのお陰もあり、今では香港での生活にはすっかり慣れ、日本でほんの少ししていた北京語の勉強も少しお休みし、広東語を勉強しています。僕もすっかり「香港が大好き」な人間の一人になりました。
「香港は日本人にとって最も暮らし易い地域の一つ」。この様に言われることが良くあります。最初は、日本とのあまりの景色の違い(一番は清潔感でしょうか)に、その言葉もピンときませんでしたが、今ではその言葉の意味が実感できます。そもそも土地が狭くもちろん資源もない。外資に頼らないといけないですので、外国に対して極めてオープンな国(地域)のシステム。同じ様に香港人も外国人に対してオープンで、「外国人に合わせるのが当たり前」という様な雰囲気さえある様に感じます。もちろん親日家が多いことも日本人には非常に助かります。そんな香港で「暮らしやすい」というのは極々当たり前なのかもしれません。
期待と不安を抱き、毎日が発見の連続の海外生活。それはだんだん日常になりつつあります。そして、それは少し危ないことで、日常になれば、僕らは「香港の常識」だけを頼りに生きることになります。「外国人に合わせるのが当たり前」、そんな特殊な「香港」。その有難さを忘れ、いつしか香港以外では生きれない自分がいるかもしれません。
たったの一年ですが、今ではすっかり仲の良い仲間ができ、居心地がよくなった香港。だからこそ敢えて「香港にこだわらない。」、僕は香港にどっぷり浸かりつつ、定期的にそう自分に言い聞かせることにしようと思います。
2011/05/02
点が線になり、面になる楽しさ
香港に住み1年が過ぎました。就職活動から現地での生活等々、さまざまな場面で助けて頂き、また日本から見守って頂いている皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。
さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。
日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。
「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。
さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。
日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。
「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。
2011/04/25
東莞視察
香港は英国植民地時代の影響か、イースターで4連休。2日間を使い、広東省・東莞市を「旅行?」してきました。東莞市は広東省で古くから発展してきた広州市と経済特区として急激に発展してきた深圳市に挟まれ都市です。また香港からも近く、中国で生産され香港から世界へ輸出される工業製品・日用品の大半はここ東莞市で製造されています。まさに「世界の工場」です。また、日系企業の工場も多く、多くの駐在員の方が生活されています。地方(特に四川・湖南・江西省等)からの出稼ぎ労働者が圧倒的に多い町です。実際の居住者は600万人を超え、発展著しい町です。
日本にいる頃から数回工場を視察しに出張したことがあり、東莞のイメージは、「工場があるところ」「仕事で来るところ」、また違う土地から人が流入する為、広東省の中では特に「治安は良くない」というイメージもあるようです。訪問する外国人は工場視察に来る人ばかりで、観光客は「ゼロ」と言っても過言ではないと思います。周りの人たちは海外へ行ったり、テーマパークへ行ったりする中、僕は「工場の町へ」。仕事でしか行かないところなので、実際の町の素顔がとても気になっていました。
東莞市の西南・広州市の対岸の町、虎門から北上し、北寄りの中心地へ、そして深圳市へ向け南下する。移動はほとんどローカルバスでした。街でもバスの中でも外国人はほとんどいなく、時折物珍しい目でこちらを見てくる人たちが印象的でした。
結局バスは合計で3時間ほど乗りましたが、風景はほとんど変わらず、味気のない建物がひたすら続きます。工場・商店・ホテル、その繰り返し。日本のロードサイドの街並みを地味にしたような風景がほぼ全域に渡っている様です。観光客が集まらないのも肯けます・・・。中心部は深圳や広州の様な「超近代的」な建物はあまりありませんが、充分な都会で、生活には全く困らないと思います。台湾のタピオカ入り紅茶、日本のたこ焼きを真似た食べ物、流行りのファッション、携帯アクセサリー、TATOOショップ、香港でもある様な流行りものは結構あるけれど、何か安っぽい。「全て実物を知らない人が作った」様な印象でした。都市の都会性と言うのは「人口の多さ」ではなく、「その街の開放性」に拠って決まるのかもしれませんね。
バスの中、片言の北京語と筆談で地元の方と話し、道を尋ね、タクシーの運転手と値段交渉、社内でお話し。香港だと「日本人かい?」となるけど、ここでは「どこの人?」、「中国人じゃないのかい?」と丸くなった目も印象的。。。みんな陽気で人懐っこい感じ。また、やはり日本や香港の人と比べて素朴な印象でした。「工場の町」の素顔は「素朴で人懐っこい中国人」の町でした。
「写真も無く、淡々としたレポートになってしましましたが、記録も兼ねて。
日本にいる頃から数回工場を視察しに出張したことがあり、東莞のイメージは、「工場があるところ」「仕事で来るところ」、また違う土地から人が流入する為、広東省の中では特に「治安は良くない」というイメージもあるようです。訪問する外国人は工場視察に来る人ばかりで、観光客は「ゼロ」と言っても過言ではないと思います。周りの人たちは海外へ行ったり、テーマパークへ行ったりする中、僕は「工場の町へ」。仕事でしか行かないところなので、実際の町の素顔がとても気になっていました。
東莞市の西南・広州市の対岸の町、虎門から北上し、北寄りの中心地へ、そして深圳市へ向け南下する。移動はほとんどローカルバスでした。街でもバスの中でも外国人はほとんどいなく、時折物珍しい目でこちらを見てくる人たちが印象的でした。
結局バスは合計で3時間ほど乗りましたが、風景はほとんど変わらず、味気のない建物がひたすら続きます。工場・商店・ホテル、その繰り返し。日本のロードサイドの街並みを地味にしたような風景がほぼ全域に渡っている様です。観光客が集まらないのも肯けます・・・。中心部は深圳や広州の様な「超近代的」な建物はあまりありませんが、充分な都会で、生活には全く困らないと思います。台湾のタピオカ入り紅茶、日本のたこ焼きを真似た食べ物、流行りのファッション、携帯アクセサリー、TATOOショップ、香港でもある様な流行りものは結構あるけれど、何か安っぽい。「全て実物を知らない人が作った」様な印象でした。都市の都会性と言うのは「人口の多さ」ではなく、「その街の開放性」に拠って決まるのかもしれませんね。
バスの中、片言の北京語と筆談で地元の方と話し、道を尋ね、タクシーの運転手と値段交渉、社内でお話し。香港だと「日本人かい?」となるけど、ここでは「どこの人?」、「中国人じゃないのかい?」と丸くなった目も印象的。。。みんな陽気で人懐っこい感じ。また、やはり日本や香港の人と比べて素朴な印象でした。「工場の町」の素顔は「素朴で人懐っこい中国人」の町でした。
「写真も無く、淡々としたレポートになってしましましたが、記録も兼ねて。
2011/04/23
香港ラーメン事情
ニューヨーク・シンガポールではラーメンブームが起こっているそうですが、ブームの波が押し寄せてきたのでしょうか。ここ香港でも、日本の有名店が店を出すようになってきました。日本食レストランが大変多い香港ではやっと?という感じもします。(家賃が高いというのもネックの一つなのでしょうか。)
僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。
※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。
僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。
※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。
2011/02/07
日本に帰って感じたこと
旧正月の休みを利用して一週間日本へ帰りました。久しぶりの日本。最初は少し、「外国に来た様な」不思議な感覚がありました。とは言っても、ほんの半年ちょっと前に一時帰国していたのですが・・・。それほど僕は香港に慣れたのだし、慣れようとしてきた、ということなんだと思いました。「自分のベースは海外だ」という覚悟ができたのかもしれません。
ところが、日本に帰って3、4日すると、その感覚はなくなりました。香港へ戻る前日には、海外で生活して来れた自分が逆に不思議に感じて、香港の生活に戻るには少し勇気がいるくらいでした。「やっぱり自分は日本人だな」、そう思いました。今後僕がどれほど国際的な人生を歩もうと、こういう感覚は消えないと思います。やっぱり「島国日本」の閉鎖的な人間。海外に出るには、他の国の人より圧倒的に不利な国民です。
海外で生活すること。
それは簡単ではないかもしれません。
でも住んでみれば、日本で頭の中で考えていた時より簡単だし、楽しいことも多いし、不便なことも楽しめる。そして得るものも大きい。
でも、日本で生活しているとどうしてもそこが見えてこない。僕が「海外で働く」と言った時、みんな必ず「大変だけどがんばって」。「いいな~。楽しそうだな、それ」って言った人はほとんどいません。自分を含めて多くの人は、見えない世界に対して、不安や苦労のことばかり考える。海外に住むことはそんなに大変ではないし、ましてや怖いことなんかではない。でも僕たち日本人にはとても「大変なこと」になってしまうんです。
だからこそ海外へ出て、「海外なんか大したことない」、そういう事実を知るべきだし、そういう感覚を身に付けた日本人は強いと思います。
ところが、日本に帰って3、4日すると、その感覚はなくなりました。香港へ戻る前日には、海外で生活して来れた自分が逆に不思議に感じて、香港の生活に戻るには少し勇気がいるくらいでした。「やっぱり自分は日本人だな」、そう思いました。今後僕がどれほど国際的な人生を歩もうと、こういう感覚は消えないと思います。やっぱり「島国日本」の閉鎖的な人間。海外に出るには、他の国の人より圧倒的に不利な国民です。
海外で生活すること。
それは簡単ではないかもしれません。
でも住んでみれば、日本で頭の中で考えていた時より簡単だし、楽しいことも多いし、不便なことも楽しめる。そして得るものも大きい。
でも、日本で生活しているとどうしてもそこが見えてこない。僕が「海外で働く」と言った時、みんな必ず「大変だけどがんばって」。「いいな~。楽しそうだな、それ」って言った人はほとんどいません。自分を含めて多くの人は、見えない世界に対して、不安や苦労のことばかり考える。海外に住むことはそんなに大変ではないし、ましてや怖いことなんかではない。でも僕たち日本人にはとても「大変なこと」になってしまうんです。
だからこそ海外へ出て、「海外なんか大したことない」、そういう事実を知るべきだし、そういう感覚を身に付けた日本人は強いと思います。
2011/01/16
だから今、絶対海外なんです!!
「若者が海外へ出ない」
1年くらい前から、特に言われ出したことでしょうか?ずっと気になっていました。
日本の大学生や社会人になりたての知り合いはいないので、ずっと確かめれなかったのです。できれば彼ら一人一人に確認して、「そんなことはない!」という事実を証明したかった。でもどうやらそれは本当の様な気がします。
海外志向はバブル世代~自分の世代がピークだったのでしょう。
僕が20代前半の時の感覚としては、日本人にとって、毎年毎年、海外がどんどん身近になっていく感覚があったのです。21歳から英語の勉強を始めた自分は、「ヤバい、こんなに遅く始めた自分は新しい世代に簡単に追い越されてしまう・・・」という様な焦りさえありました。僕が高校生くらいの時から、「フリーター(今で言うニート)」という人たちが現れました(自分もそうでした)。HISなど格安航空券を扱う会社が多くできました。また、「進め、電波少年」という芸人が無一文で世界を旅行するテレビ番組が流行りました。「時間はあるけど、することがない、何をして良いのか分からない」そんな奴らが、「貧乏人でも、バカでも行ける海外」にどっと押し寄せた。そんな感じでした。本当にあいつもこいつ、仕事を辞めて、とりあえず留学、とりあえずワーキングホリデー、バックパッカー。そんな感じでした。
昔話は良いとして、そんなバカなきっかけからでも今では僕は海外で生活することの大切さを実感しています。これからの日本人にはもっと大切だと思っています。ですので、「若い人が海外へ出ない」というのは信じられないし、「これは本当にまずいな(日本の将来にとって)」と思っています。
若者を批判するのは年寄りの勝手で、若者には自分たちが見てきた世界が基準なので、彼らの常識があります。「なんでこうなってしまったのか」、偉そうに分析する立場でもありませんが、一つには、海外が「憧れ」や「遠いところではなくなってしまった」というのがあるのかもしれません。今、「海外で働く」と言うのは、「アジアで働く」を示します。「憧れ」の欧米ではありません。もしくは、「欧米」といってももはや憧れではなくなってきているのかもしれません。
「憧れ」ではなくなった。
当たり前なんです。
海外は「憧れ」なんかではないんです。同じ様に日本も「アジアからの憧れ」ではなくなる時代に突入しています。すぐにでもアジア諸国に追いつき、追い越されるかもしれません。日本人(先進諸国の人)が現実を受け止めなければいけない非常に重要な時期だと思います。だからこそ、海外に出て、世界を、日本を、自分を知らないといけないんです。
「海外は憧れなんかじゃない」
だから日本人は海外で力を発揮できるんです。
だからこそ今、海外なんです!
だから、本当に「若者が海外に出たくない」としたら、僕は本当に悲しいです。
1年くらい前から、特に言われ出したことでしょうか?ずっと気になっていました。
日本の大学生や社会人になりたての知り合いはいないので、ずっと確かめれなかったのです。できれば彼ら一人一人に確認して、「そんなことはない!」という事実を証明したかった。でもどうやらそれは本当の様な気がします。
海外志向はバブル世代~自分の世代がピークだったのでしょう。
僕が20代前半の時の感覚としては、日本人にとって、毎年毎年、海外がどんどん身近になっていく感覚があったのです。21歳から英語の勉強を始めた自分は、「ヤバい、こんなに遅く始めた自分は新しい世代に簡単に追い越されてしまう・・・」という様な焦りさえありました。僕が高校生くらいの時から、「フリーター(今で言うニート)」という人たちが現れました(自分もそうでした)。HISなど格安航空券を扱う会社が多くできました。また、「進め、電波少年」という芸人が無一文で世界を旅行するテレビ番組が流行りました。「時間はあるけど、することがない、何をして良いのか分からない」そんな奴らが、「貧乏人でも、バカでも行ける海外」にどっと押し寄せた。そんな感じでした。本当にあいつもこいつ、仕事を辞めて、とりあえず留学、とりあえずワーキングホリデー、バックパッカー。そんな感じでした。
昔話は良いとして、そんなバカなきっかけからでも今では僕は海外で生活することの大切さを実感しています。これからの日本人にはもっと大切だと思っています。ですので、「若い人が海外へ出ない」というのは信じられないし、「これは本当にまずいな(日本の将来にとって)」と思っています。
若者を批判するのは年寄りの勝手で、若者には自分たちが見てきた世界が基準なので、彼らの常識があります。「なんでこうなってしまったのか」、偉そうに分析する立場でもありませんが、一つには、海外が「憧れ」や「遠いところではなくなってしまった」というのがあるのかもしれません。今、「海外で働く」と言うのは、「アジアで働く」を示します。「憧れ」の欧米ではありません。もしくは、「欧米」といってももはや憧れではなくなってきているのかもしれません。
「憧れ」ではなくなった。
当たり前なんです。
海外は「憧れ」なんかではないんです。同じ様に日本も「アジアからの憧れ」ではなくなる時代に突入しています。すぐにでもアジア諸国に追いつき、追い越されるかもしれません。日本人(先進諸国の人)が現実を受け止めなければいけない非常に重要な時期だと思います。だからこそ、海外に出て、世界を、日本を、自分を知らないといけないんです。
「海外は憧れなんかじゃない」
だから日本人は海外で力を発揮できるんです。
だからこそ今、海外なんです!
だから、本当に「若者が海外に出たくない」としたら、僕は本当に悲しいです。
人口が減少し、経済縮小が現実的となった日本。
僕が言っているのは、「経験や人間的成長」ももちろんですが、現実問題として「生きる場所」として日本人は海外を意識しなければならないのです。
P.S.僕がたまに読んでいるコラムにも同じ様な内容が掲載されています。おもしろいので、ご覧ください。
2011/01/01
「茶餐店勉強法」
言語を習得しようと思ったら生活に取り入れなければいけないと思います。どんなに猛勉強をするよりもそれが一番。だから生活に一工夫が必要です。(言語以外でも日常生活での一工夫が大きな成果をあげることは多いですね。)僕は長期の留学をできなかったので、日本での生活でなるべく英語に関わる機会を増やそうと必死でいろいろと自分なりの勉強法を考えてきました。工場でのアルバイトで制服に細工をしてこっそりウォークマンで英文を聞いたり、「外人ハウス」に住んだり。現在住んでいる香港は特殊で、広東語ができなくても、英語、北京語、日本語どれかができれば、日本人(外国人)としてはなんとか生活できてしまいます。逆に言うと香港に住んでいながら、広東語を生活に取り入れたくてもなかなか難しいのです。(僕の場合は仕事場では英語と日本語、香港人の友達は日本語がうまい人が多く、街では簡単なことは英語で済んでしまう。)
そんなわけで、自分のが編み出した(というほどでもないけれど)勉強法を2つ紹介します。一つ目は「茶餐店勉強法」。「茶餐店」というのは、香港の食堂で、ローカルのお店の代表です。簡単に言うと、「英語が通じない茶餐店を探して、そこの店員さんと仲良くなって広東語の練習をしよう。」ということです。僕は数回行き、「ここ」と思った近所の茶餐店で、ある日、広東語の本をおもむろに開き、「我想学広東話」(広東語の勉強をしたいんです。)と言いました。突然現れた片言の外国人は、彼らの眼に非常に面白く映った様で、毎日大歓迎。香港人のお客さんも交えて毎日爆笑の連続。ちょっとしたドラマの様な風景でした。自分用の特等席まで作ってもらいました。その日から週3回ペースで通いました。もちろん先生に教えてもらうわけでもなく、ゆっくり話してくれないし、ただの雑談をするだけですが、学校に通う時間もない自分としては300~400円の食事代で広東語の練習ができれば申し分ないです。また、勉強だけでなく、香港で独りで生活する自分には家族の様な温かいおじさん・おばさんたちと話し、笑い、何度元気をもらったことか・・・。
実はその茶餐店、昨日で閉店。遠くへ移動するとのことです。移り変わりの非常に早い香港。別れというのは突然来ます・・・。
申し遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
新しい年に気負うことなく、浮かれることなく、いつも通り淡々と、コツコツと・・・。
↑ なぜかフランス人旅行者も交えて盛り上がる。
↑ 閉店の日
2010/12/25
おっさんになっても「学び」が必要
21才の時、カナダのバンクーバーで初めてホームステイをした時の話です。
長時間飛行機に乗るのも、外国の人と英語で話すのも、もちろんホームステイも・・・、「初めて」づくし。
「同じ語学学校の学生が一人ホームステイをしていると」聞いて、「初めてのルームメイト」に期待と緊張を寄せていたのを憶えています。
空港で出迎えてくれたのは、ホストのお父さん。60歳を過ぎた年配の方でした。「ちょっと待ってて」と言われたのか(当時は英語でのコミュニケーションはゼロに近い状態)、疲れ切った顔で空港で待っていると、もう一人「おっさん」が現れました。小柄(160cmもないくらい)で少しハゲたおっさん。訳も分からずホストの家まで行き、その日は就寝。
朝起きると、その「おっさん」は流暢なフランス語訛りの英語でホストと談笑。どうやらこの人がルームメイトだった様です。彼は同じカナダでもフランス語圏のQUEBECから、英語を学びに来た「学生」さんです。44歳で休職して「学校」へ。今の自分、今の日本なら「年を取ってから学生」というのも何の不思議もありませんが、当時の自分はもの凄い驚いたし、もの凄い新鮮な体験でした。Mr.BeanとKevin Spacyに似た気さくで人気者の彼でしたが、好奇心に任せて遊び呆けている僕とは対照的に、机に向かう時間が非常に長かったです。バンクーバーに3カ月住み英語を勉強し、メキシコに3カ月住みスペイン語の勉強をする、と言っていました。彼とは英語のレベルが違いクラスは違いましたが、毎朝学校まで一緒に行く時間は毎日新鮮でした。なんとなく思い描いていた様な同世代のルームメートではなかったけれど。
同じ国の中で違う言葉を話す人。44歳から仕事を休んで勉強をする。
「学び」とはこういうことなんだ、なんとなく分かった気がしました。
長時間飛行機に乗るのも、外国の人と英語で話すのも、もちろんホームステイも・・・、「初めて」づくし。
「同じ語学学校の学生が一人ホームステイをしていると」聞いて、「初めてのルームメイト」に期待と緊張を寄せていたのを憶えています。
空港で出迎えてくれたのは、ホストのお父さん。60歳を過ぎた年配の方でした。「ちょっと待ってて」と言われたのか(当時は英語でのコミュニケーションはゼロに近い状態)、疲れ切った顔で空港で待っていると、もう一人「おっさん」が現れました。小柄(160cmもないくらい)で少しハゲたおっさん。訳も分からずホストの家まで行き、その日は就寝。
朝起きると、その「おっさん」は流暢なフランス語訛りの英語でホストと談笑。どうやらこの人がルームメイトだった様です。彼は同じカナダでもフランス語圏のQUEBECから、英語を学びに来た「学生」さんです。44歳で休職して「学校」へ。今の自分、今の日本なら「年を取ってから学生」というのも何の不思議もありませんが、当時の自分はもの凄い驚いたし、もの凄い新鮮な体験でした。Mr.BeanとKevin Spacyに似た気さくで人気者の彼でしたが、好奇心に任せて遊び呆けている僕とは対照的に、机に向かう時間が非常に長かったです。バンクーバーに3カ月住み英語を勉強し、メキシコに3カ月住みスペイン語の勉強をする、と言っていました。彼とは英語のレベルが違いクラスは違いましたが、毎朝学校まで一緒に行く時間は毎日新鮮でした。なんとなく思い描いていた様な同世代のルームメートではなかったけれど。
同じ国の中で違う言葉を話す人。44歳から仕事を休んで勉強をする。
「学び」とはこういうことなんだ、なんとなく分かった気がしました。
2010/12/20
「外国人だから魅力的」なんじゃない
日本にいる外国人が時に魅力的に見えるは、単に「外国人(自分たちと違う)だから」と思っていました。今自分が海外に住んで、そうじゃないことに気がつきました。多くの人が限られた滞在時間の中で生活していて、一日一日の大切さを考えます。見るもの全てが新鮮に映り、「今」に対する意識が変わる。時に外国人の方が現地の人よりおもしろいところを知っていたり、新しい発見をできるのはこの為だと思います。また、新しいことに対し素直に反応できると思います。(腐って時間を持て余している外国人もたくさんいると思いますが)
魅力的な外国人は、自分の国でも魅力的な人も多いだろうけど、海外生活で、自分でもびっくりするようなパワーを身に付けた人も多いのかもしれません。
「今」に対する意識が変わる。「今に対して、自分に対して、責任が持てる、責任が持てると、今を、自分を楽しめる」気がします。
魅力的な外国人は、自分の国でも魅力的な人も多いだろうけど、海外生活で、自分でもびっくりするようなパワーを身に付けた人も多いのかもしれません。
「今」に対する意識が変わる。「今に対して、自分に対して、責任が持てる、責任が持てると、今を、自分を楽しめる」気がします。
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