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2011/08/22

自分の名前に拘る

日本を離れたからこそ持っている、ちょっとくだらない拘りの話しです。
僕は「千金楽」という自分の名字を非常に気に入っています。恐らく日本でも何本かの指に入るであろう珍しい名字、少し特別な感じがして、ひねくれ者の自分にはちょうど良いのかも。両親には悪いけれど、名前の「敏允」よりも「千金楽」の方が遥かに気にっています。
香港に来て以来、僕は自分の名前を紹介するのに、「Chigira」を略して"Chigi"または"Chiggy"と言う様にしています。これを言うと、香港人、日本人、アメリカ人、イギリス人、その他何人たりとも不思議そうな顔をします。初めて聞く名前で、何のことかも分からないし、良く聞き取れないし、発音もできないし、「ハァ?」、そんな顔。けっこう"さむい"感じなります。普通なら「Toshimitsu」を略して"Toshi"と呼べば憶えてもらい易い。その方がよっぽど楽。来港以前、海外でホームステイしたり、日本で外国人と話す時は"Toshi"と呼んでいました。日本で「外人ハウス」で生活をしていた時、同居人のオーストラリア人が僕のことを"Toshi"と呼んでいたけど、ある日"Chigi"と呼びだした。日本人が皆「チギ」と呼ぶのを聞いてそう呼ぶ様になったようです。少し嬉しかった。"Toshi"より"Chigi"の方が嬉しかった。
昔、海外営業をしていた父の名刺を見ると、"Henry"と書いてあって、思わず笑ってしまいましたが、うちの父はやはり"Henry"ではない。(今は少なくなって来ていると思うけれど、特に商社系の方(?)など、ビジネスシーンで憶えてもらい易い様にENGLISH NAMEを持たれる方が結構いたらしい。)

初めはちょっと"さむい"感じの"Chigi"という呼ばれ方も、すぐに親しみを持って"Chigi"と呼んでもらえるから、ENGLISH NAMEや分かり易い名前を名乗らなくても良いと思っている。
それは自分の「ホーム」を離れ、「アウェイ」で生きて行く為にはとても有効だと思う。

僕は日本人だからENGLISH NAMEは使わない。ありふれた日本人にはなりたくないから「TOSHI」とは名乗らない。「千金楽」の名前を持って世界に出る。ちょっと言い過ぎたかも知れません。
今日はこの辺で。


(※ 香港ではENGLISH NAMEを持つのが習慣化しています。決してそれを否定しているわけではありません。)
(※ 「TOSHI」という名前の方が「ありふれた」人と言っているわけではございません。)

2011/07/31

「似たもの同士」との付き合い方

日本のマーケットとしての規模はどんどん縮小していく時代。これからの日本人は海外のマーケットを意識して動いていかないといけないと思います。日本国内にいようが、海外にいようが、国際舞台で自立して、海外の人と対等に向き合う力が必要。これは僕が海外に住むと決めた理由の一つですが、香港に住んで1年以上が経った今、このことの重要さをより強く感じています。「日本人の国際化」、日本人一人一人が海外に対して自立して、しっかりと力を発揮できること、これは本当に必要なこと。近い将来、今より何十倍も差し迫った問題になります。「日本人国際化」のお手伝い。これは自分が一生をかけて取り組んでいきたいテーマの一つです。
日本にいた時も、香港で住んでいる今も、僕が感じること。僕が不満に感じること。日本の人たちはいざとなると外へ力を向けられず、自分と近い環境の人たちばかりを好み、安心ばかりを求めている気がします。「似たもの同士」とばかり付き合う。これは完全に「余計なお世話」だけれど、「似たもの」の一員として、やっぱり不満に思う。
似たもの同士で肩を寄せ合って生きるのではなく、「似たもの同士、それぞれ外へ繰り出し、違う道を歩き、お互いの戦利品を自慢し合ったり、失敗談を語り合いながら、より良い方向へ発展させていく」。これが僕の「似たもの同士」との理想の付き合い方です。そんな「似たもの同士」が集まった日本なら、国際舞台でも怖いものはない。そう思います。
「日本人国際化」、その前にまず、「自分国際化」。さあ、戦利品を求めて、狩りに出よう(笑)

2011/05/29

「外国人」であること

海外で暮らす人。
留学であったり、仕事で派遣されて駐在したり、自ら職を求めたり、結婚相手が海外にいたり、またはリタイヤ後の生活環境を求めて住んだり・・・。いろいろな方々がいてそれぞれに目的は違うと思います。
さて、海外に住むとどんなことで得があるのでしょうか?語学だったり、または憧れの地での生活、またはそこでしかできない仕事や趣味・・・。目に見える部分ではそんなところが挙げられるのではないでしょうか。香港で言うと、国際的な環境を体験できたり、または食べ物が美味しかったり・・・・。
海外に住んで得すること。僕は、「外国人である」ということなんじゃないかと思っています。「外国人」は失敗して当たり前。僕は失敗は良いことだと言うのは分かっているけれど、生まれた街の、生まれた国の、同じ常識を持った人同士の環境であれば、失敗したら周りがどう思うか分かっているので、なかなか「うまく」失敗できない(ただでさえ、「失敗を受け入れない」傾向の強い日本)。失敗ができやすい場所に住むと言うことは、チャレンジし易いということ。大きな失敗は大きなチャレンジをした証拠。そして第二に何も持たない状態から始まったからどんどん自分が強くなる。最初は知り合いも少なく、分からないことだらけで思い通りにいかない。言語や習慣を学ぶこと、自分の感性を磨くことで、現地のことを知って強くなるだけでなく、自分自信が磨かれ、現地の人にもない眼が養われる気がします。 
ただし、これには「外国人」であることが大切だと思います。海外に住んでいるのに、「外国人」に成りきれてない人はたくさんいるし、海外で見ている景色が「日常」になり始めた時から、そのメリットは無くなって行くと思います。
「どこに住む」とか「どこが良い」とかは、結局はそんなに大きな問題ではないのかもしれませんね。

2011/05/02

点が線になり、面になる楽しさ

香港に住み1年が過ぎました。就職活動から現地での生活等々、さまざまな場面で助けて頂き、また日本から見守って頂いている皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。

さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。

日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。

「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。

2011/04/23

香港ラーメン事情

ニューヨーク・シンガポールではラーメンブームが起こっているそうですが、ブームの波が押し寄せてきたのでしょうか。ここ香港でも、日本の有名店が店を出すようになってきました。日本食レストランが大変多い香港ではやっと?という感じもします。(家賃が高いというのもネックの一つなのでしょうか。)

僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。

※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。


味千ラーメン ↑

ラーメン秀ちゃん ↑
豚王 ↑

横綱 ↑

山頭火 ↑

2011/02/07

日本に帰って感じたこと

旧正月の休みを利用して一週間日本へ帰りました。久しぶりの日本。最初は少し、「外国に来た様な」不思議な感覚がありました。とは言っても、ほんの半年ちょっと前に一時帰国していたのですが・・・。それほど僕は香港に慣れたのだし、慣れようとしてきた、ということなんだと思いました。「自分のベースは海外だ」という覚悟ができたのかもしれません。
ところが、日本に帰って3、4日すると、その感覚はなくなりました。香港へ戻る前日には、海外で生活して来れた自分が逆に不思議に感じて、香港の生活に戻るには少し勇気がいるくらいでした。「やっぱり自分は日本人だな」、そう思いました。今後僕がどれほど国際的な人生を歩もうと、こういう感覚は消えないと思います。やっぱり「島国日本」の閉鎖的な人間。海外に出るには、他の国の人より圧倒的に不利な国民です。

海外で生活すること。
それは簡単ではないかもしれません。
でも住んでみれば、日本で頭の中で考えていた時より簡単だし、楽しいことも多いし、不便なことも楽しめる。そして得るものも大きい。
でも、日本で生活しているとどうしてもそこが見えてこない。僕が「海外で働く」と言った時、みんな必ず「大変だけどがんばって」。「いいな~。楽しそうだな、それ」って言った人はほとんどいません。自分を含めて多くの人は、見えない世界に対して、不安や苦労のことばかり考える。海外に住むことはそんなに大変ではないし、ましてや怖いことなんかではない。でも僕たち日本人にはとても「大変なこと」になってしまうんです。

だからこそ海外へ出て、「海外なんか大したことない」、そういう事実を知るべきだし、そういう感覚を身に付けた日本人は強いと思います。

2011/01/16

だから今、絶対海外なんです!!

「若者が海外へ出ない」

1年くらい前から、特に言われ出したことでしょうか?ずっと気になっていました。
日本の大学生や社会人になりたての知り合いはいないので、ずっと確かめれなかったのです。できれば彼ら一人一人に確認して、「そんなことはない!」という事実を証明したかった。でもどうやらそれは本当の様な気がします。

海外志向はバブル世代~自分の世代がピークだったのでしょう。
僕が20代前半の時の感覚としては、日本人にとって、毎年毎年、海外がどんどん身近になっていく感覚があったのです。21歳から英語の勉強を始めた自分は、「ヤバい、こんなに遅く始めた自分は新しい世代に簡単に追い越されてしまう・・・」という様な焦りさえありました。僕が高校生くらいの時から、「フリーター(今で言うニート)」という人たちが現れました(自分もそうでした)。HISなど格安航空券を扱う会社が多くできました。また、「進め、電波少年」という芸人が無一文で世界を旅行するテレビ番組が流行りました。「時間はあるけど、することがない、何をして良いのか分からない」そんな奴らが、「貧乏人でも、バカでも行ける海外」にどっと押し寄せた。そんな感じでした。本当にあいつもこいつ、仕事を辞めて、とりあえず留学、とりあえずワーキングホリデー、バックパッカー。そんな感じでした。
昔話は良いとして、そんなバカなきっかけからでも今では僕は海外で生活することの大切さを実感しています。これからの日本人にはもっと大切だと思っています。ですので、「若い人が海外へ出ない」というのは信じられないし、「これは本当にまずいな(日本の将来にとって)」と思っています。

若者を批判するのは年寄りの勝手で、若者には自分たちが見てきた世界が基準なので、彼らの常識があります。「なんでこうなってしまったのか」、偉そうに分析する立場でもありませんが、一つには、海外が「憧れ」や「遠いところではなくなってしまった」というのがあるのかもしれません。今、「海外で働く」と言うのは、「アジアで働く」を示します。「憧れ」の欧米ではありません。もしくは、「欧米」といってももはや憧れではなくなってきているのかもしれません。

「憧れ」ではなくなった。
当たり前なんです。

海外は「憧れ」なんかではないんです。同じ様に日本も「アジアからの憧れ」ではなくなる時代に突入しています。すぐにでもアジア諸国に追いつき、追い越されるかもしれません。日本人(先進諸国の人)が現実を受け止めなければいけない非常に重要な時期だと思います。だからこそ、海外に出て、世界を、日本を、自分を知らないといけないんです。

「海外は憧れなんかじゃない」
だから日本人は海外で力を発揮できるんです。
だからこそ今、海外なんです!
だから、本当に「若者が海外に出たくない」としたら、僕は本当に悲しいです。


人口が減少し、経済縮小が現実的となった日本。
僕が言っているのは、「経験や人間的成長」ももちろんですが、現実問題として「生きる場所」として日本人は海外を意識しなければならないのです。
P.S.僕がたまに読んでいるコラムにも同じ様な内容が掲載されています。おもしろいので、ご覧ください。

2010/12/12

文化は洗脳!?

「洗脳」と聞くと、ほとんどの人が、オウム事件等カルト教団やナチスドイツ等を思い出すかもしれません。決して良い言葉ではありませんね。

ところが、最近ふっと思ったのですが、僕らは誰しも「洗脳」されて生きているのではないでしょうか。誰しもが架けられていて、決して解くことのできない「洗脳」。それが文化や習慣ではないかと思います。同じ国で生まれ育った人、そうでない人、複雑な環境下で育った人、背景は違いますが、それぞれの環境で無意識のうちに摺り込まれた考え方からは決して解放されないのです。自国の文化や習慣が好きな人もいれば、否定的な人もいるかもしれません。否定するのは、その人がその国の文化や習慣の影響を大いに受けているからです。
「洗脳」された人は、自分たちと違う考えを持った人の意見に対して冷静になれない、という印象を受けます。つまり、僕たちは自分と違う環境で生まれ育った人たちのことはどうしても理解できない。理解できないどころか、時に敵対視したり。
ところが、世界中、多種多様な「洗脳」を受けた人たちが住み、ましてや「グローバル化、ボーダレス化」なんて叫ばれている現代、「理解できない」では済みません・・・。

どうすれば良いか?
そのヒントは、自分たちがどの様に「洗脳」されているのか、他のみんながどの様に「洗脳」されているかを知ること、自分たちの/他のみんなの「洗脳」に対して、疑問を持つこと、そんな気がします。

「同じ環境で過ごしてきた人たちから一歩離れる勇気。」
「自分が背負っている『背景』を受け入れること。」

2010/10/30

来港半年、率直な感想 ~人への気遣い~

こちらの友達ともよく話題にすることなのですが、気になることがあります。
それは香港人の公共の場での態度です。

これがなかなか日本人には理解できないところが多いです。
例えば

・ 道ですれ違ってもよけない
・ 電車で降りる人に道を譲らない
・ エスカレーターで二列になって道を塞ぐ(一列に乗っている人の方が多いけれど)
・ エレベーターは「我先に」と乗り、他人の為に開/閉ボタンを押さない
・ 開/閉ボタンを押してあげてもお礼を言わない

ただでさえ人が多い香港。とにかく歩きにくくて仕方がありません。
この例を見ると、香港の人がもの凄い正確が悪くて、意地悪な様に感じますね。
でももちろん、友達や仕事場ではフレンドリーで気遣いのできる人が多いです。
ただ、そんな僕の周りの香港人たちも公共の場では僕が普段見ている人たちと同じ態度なのでしょう。

一番大きいのは文化や習慣の違いだと思います。

「人への気遣い」。
「気遣うべき」人の範囲が、日本と香港では違うのかもしれませんね。
日本人は自分が関わる人全てに気遣うべきだと考える。
香港人は家族や仲の良い友達が中心で、街行く「他人」にはあまり意識がないのかも知れませんね。
また、香港の人は日本人ほどいつも急いでいないし、細かいことは気にしない。

逆に、香港人はお年寄りや子供連れによく席を譲ります。
また、募金等の活動に熱心なのも印象的です。(これは西洋文化の影響等もあるのかも)
日本人は、公共の場で態度がいいのも、本音は、「トラブル起こしたくない」、「自分が悪く思われたくない」ということかもしれません。
その国の人が何にウェイトを置いているのか、背景を考えると、「ちょっとだけ」理解できてくるかもしれませんね。

2010/10/23

来港半年、率直な感想 ~自由な空気~

昨日でちょうど来港6ヵ月。本当に早いものです。
そんなわけで、いくつか素直に思った感想を書いてみようと思います。

来港当初、目に映る景色のあまりの違いに戸惑い、ゼロからの生活のスタートに不自由も多く、落ち着かない日々を送っていました。「毎日旅行をしながら仕事をしている」感じだったかもしれません。「楽しいけれど疲れる」日々でした。ところが最近、なんとなく香港に「居心地の良さ」を感じます。それは多分、香港の「自由な空気」のおかげだと思います。自由と言えば、植民地から発展してきた場所で、多文化の交差点、貿易・物流・金融等、商習慣で大変自由なのが有名ですが、そこでの生活や考え方にも「自由」な感じがします。
今のところの感想ですが、香港人は、上下関係があまりなく、他人のこと(どう見られているか)をあまり気しない。例えば、年下の人が年上の人に遠慮をしている様子もあまり見たことがないし、上司と部下の関係も日本の様に必ずしも上下と言うわけではない様な感じがします。電車の中ではみんな人目を気にせず携帯で大声で話してるし、レストランで他のお客が食べているものを覗きこんだり、指差して注文したりもします。指差された方も、「これ~~だよ」と説明したりしています。
一見粗っぽく、日本人と比べるとマナーも良くない人たちも多いですが、まあ裏返せば、「自由」ということなんだと思います。ただでさえ他人に気を使い、他人のことが気になって仕方ない日本人、そんな人間同士の生活では正直息苦しさを感じることもあります。こっちへ来ると、他人に干渉しない人たちと、「全く別の世界で生活している」という意識も助けて、妙にリラックスできる時があります。まあ、生まれ育った場所では「しがらみ」が付きまとうけれど、ここでは外国人ですので、深く考えずに人と付き合えるのかも知れませんね。

2010/09/13

「人生一度は外国人」の奨め

まだまだ4カ月ちょいの新人ですが・・・。
せっかく日本に生まれて、一生一度の日本人人生。一度くらいは・・・。

初めての外国人。
意外に悪くないものです。

外国人になると日本が好きになります。
日本の良いところが見えます。
日本の悪いところが見えます。
外国人の気持ちが分かります。

そして何よりも、自分が日本人だということに気づかされます。

美味しいご飯
四季
礼儀正しく清潔な人々・・・

その全てが恋しくなることがあります。


さあ、自分が日本人であることに気づいたら、
また明日から外国人生活が楽しくなります!

2010/08/29

島国日本のハンデキャップ

僕が海外に住もうと決めたきっかけの一つに、あるスペイン人との出会いがありました。ちょうど一年前の八月、思い切って2週間のお盆休みを取りベトナムへ行きました。7年ぶりにバックパックを持って出かけました。サラリーマン生活のペースに慣れ、自分自身、少し内へ向いてきていた時期だった気がします。
ハノイの一日US5ドルのバックパッカー宿、クーラーなしの4人部屋。部屋に入ると彼がいました。宿泊客は彼と2人だけでした。彼は東京大学に研究生で来ていたので、日本のことにも詳しかったです。そんなこともあり、2日程度しか一緒にいなかったのですが、非常に仲良くなりました。彼は、背も小柄で、真面目そうで、礼儀正しく、それで親近感が持てた部分もありました。
ところが、街へ出ると、「外国人料金」を突き付けてきたり、頼んでもない料理を出してくるドローカルな食堂で言葉が通じないのにガンガン交渉していく姿、旅行者に次から次へと話しかける姿は、ヨーロッパ人独特の「攻撃性」がありました。
飲みに行った時、彼が呟いていた言葉を思い出します。「日本人は世界中どこにも感覚を共有できる人間がいないよね」僕は彼に尋ねました。「南米の人たちをどう思う?」「言葉も通じるし、まあ親戚みたいなもんだね」
彼らが見ている世界はいろんな意味で、僕らが見ている世界より狭いんだろうと思いました。

2010/05/28

外人ハウス(シェアハウス)

先日、「シェアハウスが人気」という記事を見ました。ちょっと懐かしくなりました。
シェアハウスとは、ゲストハウスとも言われ、キッチンやトイレ・お風呂等を共用スペースとして知らない人同士が共同生活をする不動産形態のことを言います。部屋は個別か、2段ベッドの4人部屋という場合もあります。もともとは「外人ハウス」と呼ばれ、正規のマンションへの入居ができない外国人が多く住んでいました。海外生活経験者を中心に日本人も住み着き、今では、節約や生活を楽しむ為、日本人同士で住むケースが多い様です。また、以前は築年数の古いボロ家にみんなで住む、というイメージが強かったですが、今では大手の不動産屋が新築のマンションに綺麗なインテリアを持ち込んだり、だいぶイメージが変わってきた様に思います。
僕は6年前に上京した当初から3年半、世田谷のシェアハウスに住んでいました。場所は田園都市線池尻大橋駅から徒歩12分。築35年以上の音大の寮を改造した建物です。3階建ての建物に26室あり、8畳ほどのリビング5畳ほどのキッチン、シャワーとトイレがそれぞれ2つありました。キッチンは常に汚く、コンロには何重にも重なった汚れが、シンクには誰のかも特定できない洗い物が溜まり、生ゴミでシンクが詰まることもしばしば、冷蔵庫には3年前の食べ物。黄色く変色した牛乳や、液体に変化したキャベツを発見したこともありました。ねずみ走っているのも良くみました。
保証金(敷金)を一ヶ月分収めるだけで、最短1ヶ月から住めます。部屋は3畳半ほどと極狭ですが、都心近くで5万円の家賃で住めました。
なぜそんなところに長く住んだのかというと、自分が上京するには打って付けの場所だったからです。目的は、「初期費用と家賃を抑える・日本にいながら日常的に英語を話す・手っ取り早く友達を作る・刺激的な日常を送る」ということでした。目的は概ね達成できましたが、中でも一番大きかったのは言語です。言語は使わないとすぐに忘れます。日常に持ち込むのがベストです。日本に住む以上は、仕事か日常に無理やり持ち込むしかありません。習いたい言語のネイティブの異性と付き合ってみるのも良いかも知れません。
言語や文化、日本にいながら少しでも海外を意識したい人には「外人ハウス」というのはお勧めの場所です。ただ、ドラッグや生活の堕落等悪い部分も必ず付きまとうので、自己責任が必要ですが・・・。

2010/04/01

墓参り


しばらくは就職のことを書こうと思いましたが、タイムリーなうちに書いておき
ます。
群馬県に墓参りに行きました。
独りで行くのは初めて。
日本を経つ前にしておきたかったことの一つ。
先祖に香港行きの報告をしました。
日本を離れるからこそ、自分の、日本人としてのアイデンティティを大切にしたい。

お参り後、お寺の方にお茶を頂きました。
静かで、温かい歓迎でした。
「ご親戚がいらしたら報告しますのでお名前をご記入頂けますか」
アナログなコミュニティーがここでは健在です。
この情報が伝達されるのは何ヶ月後だろう?

自分が曹洞宗の家であること、墓参りの仕方、いろいろ分かってなくて気恥ずか
しくなる。
海外の人に対して堂々と日本について語れるまではもう少し時間が掛かりそうだ。
帰り道、空腹の余り、お土産に頂いたお茶菓子をボリボリと食べ歩く。
地元の名物のうどんを食べたかったが、時間がなくコンビニのおにぎりを食べる。
珍しいことをしたものだから、普段の自分に戻りたかった気がした。
妙なバランス感覚を大切にしていこう。