海外で暮らす人。
留学であったり、仕事で派遣されて駐在したり、自ら職を求めたり、結婚相手が海外にいたり、またはリタイヤ後の生活環境を求めて住んだり・・・。いろいろな方々がいてそれぞれに目的は違うと思います。
さて、海外に住むとどんなことで得があるのでしょうか?語学だったり、または憧れの地での生活、またはそこでしかできない仕事や趣味・・・。目に見える部分ではそんなところが挙げられるのではないでしょうか。香港で言うと、国際的な環境を体験できたり、または食べ物が美味しかったり・・・・。
海外に住んで得すること。僕は、「外国人である」ということなんじゃないかと思っています。「外国人」は失敗して当たり前。僕は失敗は良いことだと言うのは分かっているけれど、生まれた街の、生まれた国の、同じ常識を持った人同士の環境であれば、失敗したら周りがどう思うか分かっているので、なかなか「うまく」失敗できない(ただでさえ、「失敗を受け入れない」傾向の強い日本)。失敗ができやすい場所に住むと言うことは、チャレンジし易いということ。大きな失敗は大きなチャレンジをした証拠。そして第二に何も持たない状態から始まったからどんどん自分が強くなる。最初は知り合いも少なく、分からないことだらけで思い通りにいかない。言語や習慣を学ぶこと、自分の感性を磨くことで、現地のことを知って強くなるだけでなく、自分自信が磨かれ、現地の人にもない眼が養われる気がします。
ただし、これには「外国人」であることが大切だと思います。海外に住んでいるのに、「外国人」に成りきれてない人はたくさんいるし、海外で見ている景色が「日常」になり始めた時から、そのメリットは無くなって行くと思います。
「どこに住む」とか「どこが良い」とかは、結局はそんなに大きな問題ではないのかもしれませんね。
2011/05/29
2011/05/22
シンガポール視察を終えて - 2
僅か1日半でしたが、滞在した限りの印象では、シンガポールの人たちの英語力は一様に素晴らしいと思いました。(これに関しては、僕が訪れた地域がたまたま英語がうまい人が多い地域だった可能性もあるので、断言はできませんし、これからも自分の眼で確かめる必要があるのですが。)一方で同じ中国系の人同士で英語で会話をしている様子を見て、少し違和感を感じました。その時聞いた英語は、例えば香港で「ABC」「BBC」と呼ばれる、完全なアメリカ英語/イギリス英語のネイティブの人たちとも違ったものでした。これが「SINGLISH」と言われているものなのでしょうが、僕はその話をしたい訳ではありません。
「極端に商業化された街」に僕はかなりの違和感を感じましたが、それと同じ様な違和感を、中国系の人同士で英語を話す人たちに感じたのです。もっと言うと、シンガポールで特に有名な、「ポイ捨て等で厳しい罰金」、というのと同じくらいの違和感でした。つまり、国が主導して徹底的に「統制」してできた結果が、ありありと分かる程の違和感として表れている印象でした。(英語教育に関しては、「統制」という側面だけでは無いようですが。)
なぜこの様なことが必要かというと、「生き残っていけないから」、それだけだと思います(これは勉強不足の僕が偉そうに説明することではないけれど)。資源が無く、水さえも隣国マレーシアに頼らざるを得ない国、観光資源にも乏しいから、あの手この手で欧米や日本、そしてアジアからお金を集めなければいけない。露骨なくらいそれが見てとれました。そうやって、必死に今も生き残りを掛けて闘っている、それが日本を抜いてアジアで一番豊かな国になった現在に繋がっているんだと思いました。
さて、日本もこれから更に生き残りを掛けた時代だと思います。シンガポールや香港等と比べると圧倒的に国際化、外資誘致が遅れてしまいました。これからシンガポールなどをお手本にしていかないといけないのは確かでしょうが、商業化・英語教育、これだけ必要に迫られた国に簡単に近づけるでしょうか?しかも1億2千万人以上の日本に対してシンガポールは5百万人。他民族国家の共通語として英語が必要だったシンガポール。「日本人」と呼ばれる人たちや在日韓国人の人たちも皆日本語が喋れる日本。国際化への道のりはなかなか簡単では無いみたいです・・・。
「極端に商業化された街」に僕はかなりの違和感を感じましたが、それと同じ様な違和感を、中国系の人同士で英語を話す人たちに感じたのです。もっと言うと、シンガポールで特に有名な、「ポイ捨て等で厳しい罰金」、というのと同じくらいの違和感でした。つまり、国が主導して徹底的に「統制」してできた結果が、ありありと分かる程の違和感として表れている印象でした。(英語教育に関しては、「統制」という側面だけでは無いようですが。)
なぜこの様なことが必要かというと、「生き残っていけないから」、それだけだと思います(これは勉強不足の僕が偉そうに説明することではないけれど)。資源が無く、水さえも隣国マレーシアに頼らざるを得ない国、観光資源にも乏しいから、あの手この手で欧米や日本、そしてアジアからお金を集めなければいけない。露骨なくらいそれが見てとれました。そうやって、必死に今も生き残りを掛けて闘っている、それが日本を抜いてアジアで一番豊かな国になった現在に繋がっているんだと思いました。
さて、日本もこれから更に生き残りを掛けた時代だと思います。シンガポールや香港等と比べると圧倒的に国際化、外資誘致が遅れてしまいました。これからシンガポールなどをお手本にしていかないといけないのは確かでしょうが、商業化・英語教育、これだけ必要に迫られた国に簡単に近づけるでしょうか?しかも1億2千万人以上の日本に対してシンガポールは5百万人。他民族国家の共通語として英語が必要だったシンガポール。「日本人」と呼ばれる人たちや在日韓国人の人たちも皆日本語が喋れる日本。国際化への道のりはなかなか簡単では無いみたいです・・・。
2011/05/15
シンガポール視察を終えて - 1
金曜日の夜の便で出発し、先ほどまで、かなり無理なスケジュールではありましたが、以前から興味のあったシンガポールへ行ってきました。香港から片道3時間半、意外に遠いシンガポール・・・。インド、中国、オーストラリアを含めたアジア圏の中心に位置し、今後アジアのハブとしてさらに注目・期待されるシンガポール。日本でも最近特に何かと注目されるようになった気がします。まずは「百聞は一見に如かず」、とりあえず行ってみ ることに。
土曜日と日曜日の半日、実質一日半しか時間はありませんでしたが、とりあえず、「うわべ」だけはしっかり見てきました。
13日 24:20 シンガポール(Changi)空港着 - Arab Street 周辺視察
14日 Bugis 周辺 - Sands Skypark(カジノ等最新のエンターテイメント) - China Town - Tiong Bahru Market and Food Centre(ローカルフードコート)- little India - Clarke Quay・Robertson Quay(観光 者向けエンターテイメントシティー)
15日 Sentosa - Lau Pa Sat Festival Market - Orchard Road
僕が持った印象はこの2点に尽きます。
1. エスニックな国際都市
華人、マレー系、インド系、その他のアジア 中東系、そして欧米、東アジア等からビジネスで滞在する人、様々な民族が暮らす国。地球の歩き方には華人75%マレー系14%インド系9%、なっていましたが、街を歩いた感覚では、明らかにそれよりマレー系が多く、30~40%いるように感じました。街から聞こえてくるのは、英語、マレー語、北京語が多いですが、北京語は思ったより聞こえてきません。と言うのも、華人系の人も友達同士、「Singlish」と皮肉られる独特の訛りの英語で話しているのです。これには少し驚きました。彼らが、他民族-友達-家族 とどのレベルまで英語を使っているのかは分からないけれど、かなりの頻度で英語を使用している印象。香港の人には怒られるかもしれませんが、独特の訛りはあるものの、比較されがちな香港人と比べるとはるかに流暢だと想像できます。また、福建省・広東省からの移民が多く、広東語もちらほら聞こえてきました。事実、タクシーの運転手やコンビニの店員、広東語が通じる人が何人かいました。チャイナタウンやアラブストリートは民族色の濃い地域ではありましたが、かなり観光地化が進んでいる印象。リトルインディアはインド系コミュニティの大きさを反映して、なかなかなの迫力、マーケットや屋台(食堂)は別世界です。
2.極端に商業化された国
短い視察の間に僕が感じた印象。「国全体がテーマパーク」。都市計画がしっかりされ、どんどん新しく開発されて、非常に清潔な街並み。どちらかと言うと欧米の街に近い。2つのカジノ、MARINA地区のハーバービュー、新設のユニバーサルスタジオを初め娯楽施設と人口ビーチのみで構成されるSentosa島。ひたすら人口的に演出された風景Clarke Quay・Robertson Quay。Clarke Quayの街に突如として現れるバンジージャンプ。「そこまでして外国からお金を集めたいのか」と思うほど。
夜のClarke Quayは欧米人が多く、Sentosaへの人の流れは恐らくマレーシア・インドネシアを中心にアジア系が多い印象で、まさにアジアのパワーを感じます。日曜日のSentosaの盛り上がりは少し異様な感じさえしました。 全てが人口的に仕組まれた国。そんな印象。
とにかく、旅行先としても、国の在り方としても賛否両論が極端な国だと思います。経済が絶好調と騒がれているシンガポール、情報で頭でっかちになっている人はまず行ってみると良いと思います。
僕の印象はどちらかと言うと否定的。旅行先としては「No」、視察としては「とても勉強になった」、という感じです。
僕は香港に住む限りはこの国を定期的に訪れようと思います。
これからも世界中から注目度の高そうなシンガポール。
さて、僕のこの国に対する印象はどう代わっていくのでしょう。
土曜日と日曜日の半日、実質一日半しか時間はありませんでしたが、とりあえず、「うわべ」だけはしっかり見てきました。
13日 24:20 シンガポール(Changi)空港着 - Arab Street 周辺視察
14日 Bugis 周辺 - Sands Skypark(カジノ等最新のエンターテイメント) - China Town - Tiong Bahru Market and Food Centre(ローカルフードコート)- little India - Clarke Quay・Robertson Quay(観光 者向けエンターテイメントシティー)
15日 Sentosa - Lau Pa Sat Festival Market - Orchard Road
僕が持った印象はこの2点に尽きます。
1. エスニックな国際都市
華人、マレー系、インド系、その他のアジア 中東系、そして欧米、東アジア等からビジネスで滞在する人、様々な民族が暮らす国。地球の歩き方には華人75%マレー系14%インド系9%、なっていましたが、街を歩いた感覚では、明らかにそれよりマレー系が多く、30~40%いるように感じました。街から聞こえてくるのは、英語、マレー語、北京語が多いですが、北京語は思ったより聞こえてきません。と言うのも、華人系の人も友達同士、「Singlish」と皮肉られる独特の訛りの英語で話しているのです。これには少し驚きました。彼らが、他民族-友達-家族 とどのレベルまで英語を使っているのかは分からないけれど、かなりの頻度で英語を使用している印象。香港の人には怒られるかもしれませんが、独特の訛りはあるものの、比較されがちな香港人と比べるとはるかに流暢だと想像できます。また、福建省・広東省からの移民が多く、広東語もちらほら聞こえてきました。事実、タクシーの運転手やコンビニの店員、広東語が通じる人が何人かいました。チャイナタウンやアラブストリートは民族色の濃い地域ではありましたが、かなり観光地化が進んでいる印象。リトルインディアはインド系コミュニティの大きさを反映して、なかなかなの迫力、マーケットや屋台(食堂)は別世界です。
2.極端に商業化された国
短い視察の間に僕が感じた印象。「国全体がテーマパーク」。都市計画がしっかりされ、どんどん新しく開発されて、非常に清潔な街並み。どちらかと言うと欧米の街に近い。2つのカジノ、MARINA地区のハーバービュー、新設のユニバーサルスタジオを初め娯楽施設と人口ビーチのみで構成されるSentosa島。ひたすら人口的に演出された風景Clarke Quay・Robertson Quay。Clarke Quayの街に突如として現れるバンジージャンプ。「そこまでして外国からお金を集めたいのか」と思うほど。
夜のClarke Quayは欧米人が多く、Sentosaへの人の流れは恐らくマレーシア・インドネシアを中心にアジア系が多い印象で、まさにアジアのパワーを感じます。日曜日のSentosaの盛り上がりは少し異様な感じさえしました。 全てが人口的に仕組まれた国。そんな印象。
とにかく、旅行先としても、国の在り方としても賛否両論が極端な国だと思います。経済が絶好調と騒がれているシンガポール、情報で頭でっかちになっている人はまず行ってみると良いと思います。
僕の印象はどちらかと言うと否定的。旅行先としては「No」、視察としては「とても勉強になった」、という感じです。
僕は香港に住む限りはこの国を定期的に訪れようと思います。
これからも世界中から注目度の高そうなシンガポール。
さて、僕のこの国に対する印象はどう代わっていくのでしょう。
(※このレポートはあくまでシンガポールのほんのわずか一部分を体験した僕の現時点での印象です。正しい情報はご自分でご入手下さい。)
リトルインディアの市場
2011/05/08
香港にこだわらない。
海外に住むと決めたのは、「生まれた土地だけに固執することなく、時代に合わせてどこでも生きていける様になる」、その力を身につける為です。それは僕たち日本人が一番苦手なこと。まさに僕らは農耕民族ですから。
つまり、僕は特に香港が好きで来たわけでありません。たまたま海外生活を送る場所としていろいろな条件が合っただけで、香港には全くこだわっていませんでした。香港は個性的な土地なので、「香港が大好き」で働きに来たり(以前は特に多かった様です)、旅行を重ねたりする人が多い様で、そういう人たちの考え方とはかなりギャップがあった様に思えます。ところが地元の友達の温かいサポートのお陰もあり、今では香港での生活にはすっかり慣れ、日本でほんの少ししていた北京語の勉強も少しお休みし、広東語を勉強しています。僕もすっかり「香港が大好き」な人間の一人になりました。
「香港は日本人にとって最も暮らし易い地域の一つ」。この様に言われることが良くあります。最初は、日本とのあまりの景色の違い(一番は清潔感でしょうか)に、その言葉もピンときませんでしたが、今ではその言葉の意味が実感できます。そもそも土地が狭くもちろん資源もない。外資に頼らないといけないですので、外国に対して極めてオープンな国(地域)のシステム。同じ様に香港人も外国人に対してオープンで、「外国人に合わせるのが当たり前」という様な雰囲気さえある様に感じます。もちろん親日家が多いことも日本人には非常に助かります。そんな香港で「暮らしやすい」というのは極々当たり前なのかもしれません。
期待と不安を抱き、毎日が発見の連続の海外生活。それはだんだん日常になりつつあります。そして、それは少し危ないことで、日常になれば、僕らは「香港の常識」だけを頼りに生きることになります。「外国人に合わせるのが当たり前」、そんな特殊な「香港」。その有難さを忘れ、いつしか香港以外では生きれない自分がいるかもしれません。
たったの一年ですが、今ではすっかり仲の良い仲間ができ、居心地がよくなった香港。だからこそ敢えて「香港にこだわらない。」、僕は香港にどっぷり浸かりつつ、定期的にそう自分に言い聞かせることにしようと思います。
つまり、僕は特に香港が好きで来たわけでありません。たまたま海外生活を送る場所としていろいろな条件が合っただけで、香港には全くこだわっていませんでした。香港は個性的な土地なので、「香港が大好き」で働きに来たり(以前は特に多かった様です)、旅行を重ねたりする人が多い様で、そういう人たちの考え方とはかなりギャップがあった様に思えます。ところが地元の友達の温かいサポートのお陰もあり、今では香港での生活にはすっかり慣れ、日本でほんの少ししていた北京語の勉強も少しお休みし、広東語を勉強しています。僕もすっかり「香港が大好き」な人間の一人になりました。
「香港は日本人にとって最も暮らし易い地域の一つ」。この様に言われることが良くあります。最初は、日本とのあまりの景色の違い(一番は清潔感でしょうか)に、その言葉もピンときませんでしたが、今ではその言葉の意味が実感できます。そもそも土地が狭くもちろん資源もない。外資に頼らないといけないですので、外国に対して極めてオープンな国(地域)のシステム。同じ様に香港人も外国人に対してオープンで、「外国人に合わせるのが当たり前」という様な雰囲気さえある様に感じます。もちろん親日家が多いことも日本人には非常に助かります。そんな香港で「暮らしやすい」というのは極々当たり前なのかもしれません。
期待と不安を抱き、毎日が発見の連続の海外生活。それはだんだん日常になりつつあります。そして、それは少し危ないことで、日常になれば、僕らは「香港の常識」だけを頼りに生きることになります。「外国人に合わせるのが当たり前」、そんな特殊な「香港」。その有難さを忘れ、いつしか香港以外では生きれない自分がいるかもしれません。
たったの一年ですが、今ではすっかり仲の良い仲間ができ、居心地がよくなった香港。だからこそ敢えて「香港にこだわらない。」、僕は香港にどっぷり浸かりつつ、定期的にそう自分に言い聞かせることにしようと思います。
2011/05/02
点が線になり、面になる楽しさ
香港に住み1年が過ぎました。就職活動から現地での生活等々、さまざまな場面で助けて頂き、また日本から見守って頂いている皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。
さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。
日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。
「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。
さて、香港に来た時は優先順位の低かった広東語ですが、今では当面の優先順位1番として勉強しています。日系の会社で働きながら、また英語が一様に通じてしまう環境ですので、「ゼロ」から始める広東語は未だに、「1年も住んでるのに・・・?」という程度です。独特の難しい発音や声調も言い訳の一つに加えておきましょう。
「ゼロ」からの言語習得は、まさに「点」を一つ一つ集めて行く作業だと思います。言語習得に必要な、香港人の会話・お店の看板・テレビなどに、たくさんの「点」が街中に落ちていますが、うまく拾えません。「点」は単語や簡単なフレーズだったりしますが、点の拾い方も分からないところから、生活、勉強などを通して点を拾っていきます。また、せっかく拾っても繋がらないので、すぐ忘れてしまう。少しずつ点の拾い方が分かってくるけれど、点ばかり集めていても訳が分からずつまらない。点を集めて「線」にしたつもりで話してみる。でも広東語は発音が難しいから、どうしても通じないことも・・・。結構ここでみんな挫折してしまうようです。なかなか「線」にならなくても、「笑顔」や「文化・習慣」を知ることで楽しさを加えれば、それが手助けになることがあります。
今の僕は、やっと簡単な会話が話せたり、街の人の会話が少し聞き取れるようになりました。点を集めながら、少しずつ線が集まってきて、小さな・歪な「面が」できつつあるところでしょうか。「点を集める」だけのしんどい時期はやっと通過できた気がします。今まで地道に集めた点は、線になり、面になると、そう簡単に忘れない気がします。また、集めた点が線になり、面になることで、突然自分の語学力が上がった様に感じることが多々あります。これは本当に楽しいです。僕の広東語はこれから面が整えられ、どんどん上達することでしょう。楽しみでわくわくします。
日本人の「英語が苦手」という現状は変化がない様に思え、アジア諸国、同様の英語レベルであった韓国にもはるかに取り残されてきた気がします。でも良く考えると、中学校や高校までの授業で、点や線はみんな十分集めています。嫌々集めたせいか、点や線を描こうともしない。描こうともしないのに、みんな「できない」「難しい」。描いてみたら、意外に簡単に面になるかもしれません。どうも日本人には「語学力」や「お勉強」ではなく、そういう「体験」や「実感」が足りない気がします。
「自分が英語や広東語で感じている楽しさを、一人でも多くの人に体験してもらいたい」、そんなことで日本への恩返しができる気がしてきました。
2011/04/25
東莞視察
香港は英国植民地時代の影響か、イースターで4連休。2日間を使い、広東省・東莞市を「旅行?」してきました。東莞市は広東省で古くから発展してきた広州市と経済特区として急激に発展してきた深圳市に挟まれ都市です。また香港からも近く、中国で生産され香港から世界へ輸出される工業製品・日用品の大半はここ東莞市で製造されています。まさに「世界の工場」です。また、日系企業の工場も多く、多くの駐在員の方が生活されています。地方(特に四川・湖南・江西省等)からの出稼ぎ労働者が圧倒的に多い町です。実際の居住者は600万人を超え、発展著しい町です。
日本にいる頃から数回工場を視察しに出張したことがあり、東莞のイメージは、「工場があるところ」「仕事で来るところ」、また違う土地から人が流入する為、広東省の中では特に「治安は良くない」というイメージもあるようです。訪問する外国人は工場視察に来る人ばかりで、観光客は「ゼロ」と言っても過言ではないと思います。周りの人たちは海外へ行ったり、テーマパークへ行ったりする中、僕は「工場の町へ」。仕事でしか行かないところなので、実際の町の素顔がとても気になっていました。
東莞市の西南・広州市の対岸の町、虎門から北上し、北寄りの中心地へ、そして深圳市へ向け南下する。移動はほとんどローカルバスでした。街でもバスの中でも外国人はほとんどいなく、時折物珍しい目でこちらを見てくる人たちが印象的でした。
結局バスは合計で3時間ほど乗りましたが、風景はほとんど変わらず、味気のない建物がひたすら続きます。工場・商店・ホテル、その繰り返し。日本のロードサイドの街並みを地味にしたような風景がほぼ全域に渡っている様です。観光客が集まらないのも肯けます・・・。中心部は深圳や広州の様な「超近代的」な建物はあまりありませんが、充分な都会で、生活には全く困らないと思います。台湾のタピオカ入り紅茶、日本のたこ焼きを真似た食べ物、流行りのファッション、携帯アクセサリー、TATOOショップ、香港でもある様な流行りものは結構あるけれど、何か安っぽい。「全て実物を知らない人が作った」様な印象でした。都市の都会性と言うのは「人口の多さ」ではなく、「その街の開放性」に拠って決まるのかもしれませんね。
バスの中、片言の北京語と筆談で地元の方と話し、道を尋ね、タクシーの運転手と値段交渉、社内でお話し。香港だと「日本人かい?」となるけど、ここでは「どこの人?」、「中国人じゃないのかい?」と丸くなった目も印象的。。。みんな陽気で人懐っこい感じ。また、やはり日本や香港の人と比べて素朴な印象でした。「工場の町」の素顔は「素朴で人懐っこい中国人」の町でした。
「写真も無く、淡々としたレポートになってしましましたが、記録も兼ねて。
日本にいる頃から数回工場を視察しに出張したことがあり、東莞のイメージは、「工場があるところ」「仕事で来るところ」、また違う土地から人が流入する為、広東省の中では特に「治安は良くない」というイメージもあるようです。訪問する外国人は工場視察に来る人ばかりで、観光客は「ゼロ」と言っても過言ではないと思います。周りの人たちは海外へ行ったり、テーマパークへ行ったりする中、僕は「工場の町へ」。仕事でしか行かないところなので、実際の町の素顔がとても気になっていました。
東莞市の西南・広州市の対岸の町、虎門から北上し、北寄りの中心地へ、そして深圳市へ向け南下する。移動はほとんどローカルバスでした。街でもバスの中でも外国人はほとんどいなく、時折物珍しい目でこちらを見てくる人たちが印象的でした。
結局バスは合計で3時間ほど乗りましたが、風景はほとんど変わらず、味気のない建物がひたすら続きます。工場・商店・ホテル、その繰り返し。日本のロードサイドの街並みを地味にしたような風景がほぼ全域に渡っている様です。観光客が集まらないのも肯けます・・・。中心部は深圳や広州の様な「超近代的」な建物はあまりありませんが、充分な都会で、生活には全く困らないと思います。台湾のタピオカ入り紅茶、日本のたこ焼きを真似た食べ物、流行りのファッション、携帯アクセサリー、TATOOショップ、香港でもある様な流行りものは結構あるけれど、何か安っぽい。「全て実物を知らない人が作った」様な印象でした。都市の都会性と言うのは「人口の多さ」ではなく、「その街の開放性」に拠って決まるのかもしれませんね。
バスの中、片言の北京語と筆談で地元の方と話し、道を尋ね、タクシーの運転手と値段交渉、社内でお話し。香港だと「日本人かい?」となるけど、ここでは「どこの人?」、「中国人じゃないのかい?」と丸くなった目も印象的。。。みんな陽気で人懐っこい感じ。また、やはり日本や香港の人と比べて素朴な印象でした。「工場の町」の素顔は「素朴で人懐っこい中国人」の町でした。
「写真も無く、淡々としたレポートになってしましましたが、記録も兼ねて。
2011/04/23
香港ラーメン事情
ニューヨーク・シンガポールではラーメンブームが起こっているそうですが、ブームの波が押し寄せてきたのでしょうか。ここ香港でも、日本の有名店が店を出すようになってきました。日本食レストランが大変多い香港ではやっと?という感じもします。(家賃が高いというのもネックの一つなのでしょうか。)
僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。
※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。
僕は「海外の日本人の生活の場」が大好きなので、海外に行くと必ず日本のスーパーやレストランを訪問します。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ドイツのデュッセルドルフ・・・、日本人の多い街には日本料理屋だけでなく、よく日本のラーメン屋があります。かなり昔に創業したお店も多く、結構現地の人・現地の日本人に合わせ、日本のラーメン屋とはかなり味が違ってしまっていることが多かった印象があります。香港にも昔ながらのラーメン屋はあります。「横綱」というラーメン屋は20年以上前からあるらしく、今でも1時間以上の行列。また、香港・中国で400店以上を展開する「味千ラーメン」は今や地元民の身近なファーストフードとして定着しています。
ところが昨今の日本食ブーム、ラーメン店の海外進出の流れはまたそれとは違い新しい流れかもしれません。日本の味自慢のラーメン屋さんが日本での厳しい競争から新たな目を海外に向けている感じがします。ですので「日本と同じ味」を売りにしたり、日本と同じクオリティーを求め、現地価格ではかなり高めの単価だったりします。
香港には前述の「横綱」を初め、「香港ブーム」で日本人が押し寄せたころからのラーメン屋さんがありました。最近できたラーメン屋として、旭川ラーメンの「山頭火」が数店でき、更に渋谷の有名店「豚王」が昨年12月にできました。豚王は香港の人の間でも話題だった様で、1時間以上待たないと入れないことも多い様です。そして、すぐ近くに、今度はニューヨークにも出店している「ラーメン秀ちゃん」ができました。最近できたラーメンはどこも日本のラーメン屋にも負けないクオリティーです。海外に居ておいしいラーメンが食べれるのは非常に助かります。
さて、海外に進出するラーメン屋、以前は「海外にいる日本人」がターゲットだった様ですが、今は当然香港人をターゲットにしていると思います。それでも彼らがクオリティーを落とさず、高い単価で営業するのは、(もちろん日本での名前を守るのもあると思いますが)、それだけラーメンの味が分かる現地人が増えてきた、ということだと思います。それだけ日本食が世界に受け入れられてきたということなんでしょう。
※ニューヨークには「一風堂」「一蘭」「せたが屋」「秀ちゃんラーメン」等、シンガポールには「一風堂」「なんつッ亭」「山頭火」等のラーメン屋があり、「一風堂」等は連日長蛇の列だそうです。
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